妊娠悪阻体験談(入院体験)その4 です。

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妊娠悪阻体験談(入院体験)その4

投稿してくださった皆さんに心から感謝します。できるだけ長い間、ここに来てくださる皆さんに見てもらえることを願っています。このサイトではつわりの個人差を誰にでも分かりやすくするために吐きづわり、食べづわり、眠りづわり、よだれづわりと紹介していますが、病院等ではこのような分類をしていないのでご注意してくださいね。

きんもくせいさん 04/10/16

5週目をなんとか家で耐えていたもののケトン+4で即入院となりました。6〜7週の間、点滴をしているからと言って吐かなくなることもありませんでしたし胃液・胆汁・血まで吐くのにもものすごく体力のいることで私はベットの支え棒にしがみついて吐いていました。
そのうち胃が痛くなりトイレに行くことも出来ずポータブルトイレを置いてもらい起き上がるのもやっとだったのが8日を過ぎたあたりから突然吐かなくなり、2週間ほどで退院しました。が、しかしすぐに全く酷かった頃と同じところまでぶり返しその時には実家に戻っていたので距離もあり違う病院で吐きながら行きました。
訪れた私に(主人に後から聞いた話ですが)その日たまたまいた臨時の産科の先生に「こんなに酷いんじゃ妊娠も一度きりじゃないんだし今回は諦めたら?」と言われたそうです。泣きながら「こんなに苦しいなら中絶したい」と叫ぶ私にその日出会ってから初めて主人の泣きじゃくる姿を見ることとなり「がんばって欲しい」と。その時は辛さのあまり気もおかしくなっていましたので「この人は私の体のことより赤ちゃんの方が大事なんだ!!」と思いました。
二人とも待望の子供であった筈なのにそんなことしか思えなくなっていました。。
その病院でも入院した日から絶飲・絶食、ただ一度目の病院と違っていたのは吐かなくなるまでと徹底して全く食べることを許してもらえず、私は胃の中に何もないのに胃液や胆汁を吐くということにヘトヘトになっていましたので何かを口に入れてそれを吐く方がまだ楽なのではないかと思い助産婦さんにお願いしても「これでもか、というくらい食べさせる事はできない」と言われ丸々10日間は水一滴も口に入れずそうしていれば必ずよくなるんだ、と自分で自分を励ますしかありませんでした。
旦那さんがいると甘えてしまうと言う理由からしばらくの間面会謝絶となりました。その助産婦さんには「悪阻には本にはそういう治療法がいいと書いてある」とその部分をコピーしたものまで渡され、別の看護婦さんには苦しんでいるさなかに「つわりは病気じゃないからね〜」「もう少し赤ちゃんを受け入れてあげないとね〜」と言われ体力的にも精神的にも参ってしまっていた私は家族以外口もきかなくなっていました。
一方で別の人に「病は気からって言うじゃない?」などとも言われ皆さんがこのHPで言っているように気の持ちようでなんとかなるものだとは思えません。それでも知識のない私はそんな言葉を真に受け悩みました。自分が甘いからこういうことになっているのかと。そしてそこで1ヶ月入院した頃体重は35`をきる勢いで鎖骨の下からの中心静脈栄養が必要だからと大学病院への転院を勧められました。病院を変われば気分転換にでもなるのではと思い転院しました。
その間も吐きつづけていましたしまわりの方に迷惑になるとずっと個室での入院生活でした。転院先の病院で主治医が二人つき、そのうちの一人が研修医だったようなのですが中心静脈の点滴の針を入れる際、なんとうまく入れられなかっただけでなく肺に穴をあけられて呼吸するのも苦しく酸素マスクの状態になりました。太くて長い釘のような針を何度も刺した上でです。悪阻だけでもこんなに苦しんでいるのになんてことをしてくれるんだ?と本当に悔しくなりました。
それから食事もとれないまま衰弱は激しくなり16週に母体保護法により中絶しました。
とはいえ最終的に決断したのはやはり自分です。その日から2ヶ月たった今こうしてこのHPで体験談を読みもう少し早くこのHPと出会い、苦しんでいるのは自分だけではないんだと思えていたらもう少しがんばれたのではないか?と思っています。今はきちんとしたかたちで産んであげられなくてごめんねという気持ちでいっぱいです。
3ヶ月近い入院生活の中で死の恐怖も感じました。良くならない私に入れ替わり精神科医がきて精神安定剤と睡眠薬を処方されていましたがここでの投稿の中でつわりが産むまで続いたという方も結構おられたのでまだまだ恐怖心は消えないですが覚悟の上、いつかまたがんばりたいと思っています。そしてここでその勇気をもらえたことに感謝いたします。腕からの点滴だけで乗り越えられるものなのか?それだけは不安ですが。

ジョンさん 04/10/15

現在妊娠4ヶ月の妻を持つ夫です。
今日は妊娠悪阻安静1週間の診断をもらった妻の準備等のため休んでおります。
現在、お互い別の場所(100km)で仕事をしていて、単身赴任状態での妊娠です。週末くらいしか一緒に居られることがなく、この1週間の療養も妻の実家にて過ごすこととなりました。
 症状ははき続け、少量食べたとしても、吐くというような感じで、スタート時から体重が46→40kgに減少しています。胃腸の調子も悪く、消化不良の状態です。
 病院では、点滴を2回ほどやってもらっておりますが、つわりは通常のことだから、健康管理のこと等特に指導するわけでもなく、ひたすら耐えるしかないかのような対応です。薬もくれることはありません。本人も耐えるしかないというような感じで、周りはいてもたってもいられない状況です。
 今まで病院は一緒についていくだけで、先生の話を聞いたことがないため、今日これから健康管理や仕事について1人で話をしにいく予定です。産婦人科というのは、健康管理などの指導について何も助言してもらえないのでしょうか?食べられなくとも最低これだけは食べなさい等。皆様のご意見いただければと思います。病院を変える等の参考としたいと思います。よろしくお願いします

ゆたさん 04/10/14

私はもしかして妊娠?と気づいた2ヶ月の頭でつわりがきました。毎日メロンとサイダーのみでいきていましたが、一週間で何も食べられなくなり、入院しました。
病院の先生に「食べるのが辛ければ何も食べなくてもいい」といわれました。それまで、何か食べないと赤ちゃんが成長しないのでは??と心配になり、食べては吐きを繰り返していたのですが、この頃の赤ちゃんはお母さんの体が日ごろから持っている脂肪などをエネルギーに変えて発育して行くそうです。ですから、辛いときは無理して食べず自分の食べたいものだけを食べる!なにより母体がしっかりしていないとね。
何もかもを完璧にこなそうと思うのではなく、この頃は自分に甘く生活していいと思います。なんていったってこの世に生命を誕生させるんですし。入院して5日絶食をして点滴のみで過ごしました。12日間入院してその後も半月くらい点滴に通いましたが、今は8ヶ月半快適な妊婦生活を送っています。今苦しんでいる方も時間が解決してくれます。頑張ってください。

SARIさん 04/10/05

] 私は今妊娠10週の初妊婦です。
本当に世間には理解されない悪阻・・・沢山の心ない言葉・・・辛いですよね。
私のつわりは4週からでした。妊娠が分かって間もなくつわりが始まりましたが、これは皆乗り越えることと思い、吐きながらも仕事に行ってました。しかし5週に入ってからどんどん酷くなり、仕事にならない状態に・・・
しばらく休みをもらって家にいましたが何も食べれず、食べ物のCMを見ただけで吐き気に襲われ、ついには水分も駄目になり、一日に何回吐いたかも分からないぐらいに。家事などもちろん出来なくなりました。
でも悪阻についての知識がなかった私は、「皆こんなに辛いのを我慢してたの?こんなにきついと思う私は弱いのね。」とつわりで病院に行くなど考えていませんでした。
そのころはまだ心拍が確認できていなかった為、一週間おきに病院に行っていたので、診察の時につわりで仕事に行けないので何とかならないかと相談してみたら、「尿検査でケトン体が4+になっているので入院したほうが良い」とすすめられました。
妊娠悪阻との事ですが、つわりで入院なんて考えてなかった私は動揺して、その場は主人と相談するからとの理由で帰りました。毎日点滴に通う約束で・・・
毎日通うとは言ったものの、車で15分かかる病院に行くのはとっても辛い道のり。タクシーは臭いが駄目なので自分で運転して行ってましたが、途中停車してはビニール袋に吐く始末。3日間通いましたが運転してても頭がボーっとしていて危険を感じたため、主人のすすめもあり6週半ばから入院しました。それからは絶食で点滴三昧の毎日でした。
私の場合点滴で症状が軽くなることはなく、点滴をしながらトイレに駆け込む状態。個室だったのでトイレが部屋にあったことが幸いでした。
もともと血管が細い為に点滴の針も通常より細いものだったようですが、一本2〜3時間かかる点滴を一日4本。絶食中なので血管もどんどん出なくなり、なかなか点滴もうまく入らなくて何人も看護婦さんがかわり、手は針穴とアザだらけに・・・
看護婦さんにも「何にも食べてなけりゃ仕方ないのよね〜少しは食べないとね〜」といわれたり「まだなにも食べれないの?困ったものね〜気分的なものもあるんじゃないの?」「気持ち悪いと思うから駄目なのよ〜」など、あきれた顔をされたして気持ちもズタズタでした。もちろん理解のある方のいらっしゃいましたが、特に年配の看護婦さんは理解してはくれませんでした。
人前で口には出さないものの、毎日「もうやめたい!」「子供は欲しいけど絶えられない」「諦めていい?」と泣きながら戦っていた私には余計にこたえる言葉でした。
絶対に気持ちの問題じゃないのに・・・・
波はあるものの入院してから10日目くらいでやっと食欲が湧いてきました。が、もともと病院食を出してもらっても臭いで気持ち悪くなり食欲などどこかへいってしまいます。
結局手を付けられず、私は食べれるものを食べた方がまだ良いだろうと思い、退院を志願しました。
まだケトン体も4+のままで、病院で食べれない人が家で料理を作ることなんて無理なことと医師には反対されましたが、とりあえず外泊ということで3日間帰ることに。
絶食していたので食べれる量は普段の4分の1くらいですが口にすることができ、外泊許可が終わったと同時に退院。仕事は辞めました。
現在も食べては吐きの毎日で「もう嫌!」と思うこともありますが、数週間前に比べたら食べれるだけましと自分に言い聞かせて頑張っています。
日によって体調も大分違うので家事もできたり出来なかったり。
出前等が増えてしまいましたが、主人にはもうしばらく我慢してもらい、何とか乗り越えたいと思っています。つい先日も「二人の子供なのに私だけこんなに辛いなんて不平等だ〜」とあたりちらしたりしてしまいました(苦笑)
まだまだつわりの真っ最中ですがこのページを見て、同じような経験をされた先輩妊婦が沢山いて私も勇気付けられました。

みかさん 04/08/12

はじめまして。私は2児の母です。女の子二人ですが、二人ともかなり悪阻がひどかったです。
正直、「○○は食べれて・・・」とか「2`痩せた」とかいうのは、私にとっては軽いほうに思ってしまいます。
私は生理が遅れたな〜と思うと同時に気持ち悪さを感じて、妊娠が分かりました。それからは地獄の毎日でした。まず、食べれるものは何一つありませんでした。せめてこれだけは!ってものがあれば、そればかり食べれるのですが…それもなく、水を飲んでもスグにトイレに直行。あっという間に10キロ痩せました。
妊娠悪阻の為、入院。毎日の点滴。これではイカン!と無理矢理に食べ物を口に押し込み、スグにトイレへ…そんな繰り返しでした。6〜7ヶ月くらいから、少し楽になり、食べ物を食べてもスグにはトイレに駆け込む事も少なくなり、少しの間は胃の中に収めておくことができるようになりました。
しかし飲み物は駄目で…唯一、口がさっぱりする気がする「センブリ茶」をいつも水筒に入れて持ち歩いてました。(今ではとても飲めませんが…)結局、少しは楽になっていったものの、産むまでは悪阻は続きました。まさに地獄の日々。悪阻がヒドイ方には分かると思いますが、生きてるのに疲れる毎日。あの時期は正直なトコ、「妊娠なんてするんじゃなかった…」と後悔の毎日でした。
だから二人目妊娠の時も、どんなに恐怖だったか…。これまた、10ヶ月間の悪阻に涙しました。正直なトコ、悪阻の恐怖を思うと、もう決して妊娠はしたくないです。
実は、去年、思ってみなかった3人目を妊娠していて…悪阻も早速始まり、何も出来ない状態。せっかく授かった命なので、産みたい気持ちは勿論あったのですが、現実問題こんな状態では小さな子供2人の面倒もみれない。また、両親は私のヒドイ悪阻を実際に見てきてる為、産むことに反対でした。旦那もそうでした。私は毎日悩んで悩んで…やっぱり産もう!と決心したり、やっぱりこんな状態では10ヶ月間、耐えてはいけない…と思ったりで、毎日そんな繰り返しでした。結局、旦那とも話し合いを重ねて、今いる子供達の事。私自信の体の事。そんな現実問題をつきつけられて、中絶することを決心しました。
決心してからも、手術が終わってからも、涙がとまらずに、毎日泣いてばかりでした。自分を責めて責めての毎日で…。しばらくして、供養をすませ、「この子の分まで、今いるこの子たちを一生懸命育てよう。駄目なお母さんでゴメンね。」と、それからは泣くのはやめました。私が悪阻のヒドクない体であれば、間違いなく産めたと思います。自分の体にホントに腹が立ち、情けなく感じました。悪阻は本当に人それぞれです。重度の人にとっては、「気の持ちようよ!」とか言われると怒りが沸きます。今現在、ヒドイ悪阻で苦しんでる方。本当に辛いですよね。何も助けてあげられないけど、頑張って乗り越えて下さい。

みぃさん 04/08/24

現在妊娠7ヶ月ですが、このサイトを見て励まされたので少しでも恩返しができればと思い投稿します。
私は妊娠がわかった直後(6週目くらい)から吐きつわりでした。
とにかく食べては吐き、食べなくても吐き…と胃液で唇ががさがさになるくらい吐きました。
喉越しの良いゼリーも食べられるのですが、吐いてしまいだめでした。助産婦さん曰く「柑橘系も口当たりはいいけれど後で必ず吐くって言う人も多いから気を付けてね」とのこと。確かに私の場合、クレープフルーツなどはおっしゃるとおりでした。
ただ、脱水症状が怖いので水分を…と思うのですがお水でももどしてしまうので、氷を常に舐めていました。スポーツドリンクもあまりよくありませんでした。氷が一番!でした。
治まった…と思ったのは5ヶ月の終わり頃でしょうか。5ヶ月に入ったら吐くのは週に1,2回くらいに減りました。この頃、日に日に体調がよくなっていくのを実感しました。とにかく無限に続くかのように思えて長かった…。
今は食欲が旺盛すぎて体重管理に苦労していますがそんな事が嘘のようでした。
でも、本当に必ず終わりはきます。今は未来を信じられなくても、大丈夫。
とにかく時期を待つことです。頑張って乗り切りましょうね!

ひろみさん 04/08/19

私は妊娠がわかってすぐ、つわりが始まりました。ある日突然晩御飯を食べ終わって、ムカムカが始まり、その日に2回吐きました。その日から毎日ムカムカが続き、食べたら吐くし、だんだん食欲がなくなり2週間で8`体重が落ちました。
少し太めだった私は、うれしいような悲しいような複雑な気持ちでした。その状態は毎日続き、特に夜がひどかったです。家の周りには、飲食店が多く、夕方になると普通なら、食欲をそそる香りかもしれませんが、つわり時期の私には、地獄のような時間でした。
テレビコマーシャルで食べ物が出ると、ムカムカし、挙句の果てには、シャンプーやトイレの芳香剤のにおいさえ、だめになってしまいました。
妊娠3ヶ月になると、スポーツ飲料を飲んでも、水を飲んでも、吐くようになり、肌はカサカサで塩をふいたような状態になり、血や胃液まで吐くようになりました。今まで通っていた産婦人科をやめ、大きい総合病院に変わりました。診察を受けてすぐに、入院の報告を受けました。とてもつらかったので入院することで少しでも、楽になれば・・・とわらにもすがる思いで、即入院しました。
先生の話によると、私のような状態の人は年に2人ほどしかいないそうでした。しかも、足の付け根が歩けないほど痛くて、病院の中でも、いつも、車椅子でした。肝機能障害、股関節炎と、いろんな病気になりました。腎臓が弱かったせいもあり、ちゃんと腎臓が働かなかったら透析しなければならないとも言われました。
妊娠しているのでレントゲンを取ることもできず、ただ痛みが治まるのを待つしかありませんでした。それぐらいひどい状態でしたので、点滴も一日に8本、ほぼ寝たきり状態で、おしっこをとる袋までつけていました。助産婦さんが「今までにこんなに点滴する人見たことないわっ」というほどだったらしいです。2週間ほどずっとその状態で、やっとつわりも落ち着き、口から食べ物をとることができ始めたので、点滴も一日2本に減りました。といっても、口に出来るものは、プリッツだけでした。
結局1ヶ月ほど入院しました。退院しても、つわりがまったくなくなったわけではなく、やはり、吐くのは続きました。仕事をしていたので、電車に乗ると、いろんな匂いや、揺れで気分が悪くなりいつも、ナイロン袋を持ち歩いていました。
そのつらいつわりも、終わりはありました。妊娠6ヶ月になると、徐々に治まり、そのころから普通の生活が出来るようになりました。そして、出産するまでに8`増で無事に、普通分娩で生むことが出来ました。
つわりは、人によると、生むまで続く人もいるかもしれませんが、本当につらいものです。でも、出産したときのうれしさはそのつわりのつらさを忘れるほどうれしいものでした。まだ2人目はできませんが、いずれ、もう一人欲しいと思っています。あのつわりのつらさがなければ、どんなに楽しいマタニティライフだったでしょうか。今度も同じようにつわりに悩むかもしれませんが、いつかは終わると信じて、2人目を授かりたいです。

がうがうさん 04/07/24

今7ヶ月でつわりがやっと落ち着いてきました。初めての妊娠です。
5週目から食べ物と水を受け付けなくなり、2日間吐くばかりになったと同時に体重が3キロ減り、このままではヤバイと病院にいったところケトン+4で1週間点滴通院しました。その頃まだ働いていたので、出勤しようと思った矢先に悪阻の波が来てしまい、食べられないまま更に4キロ減、ケトンの値もそのままだったので即日入院しました。栄養失調と脱水症状、重症妊娠悪阻とのことでした。4日間の24時間点滴で病院食の5割を食べられるようになり、ケトンも−になったので退院しました。
つわりの波がその後も続き、食べられなくなればすぐ点滴をうってもらい、水分だけは少しずつでもとるように心がけたところ、6ヶ月に入ると同時にぱったり嘘みたいになくなりました。仕事のストレスも影響してたのか退院後辞めた時からつわりも軽くなり点滴を1本うつだけまでに回復しました。
今回のつわりで学んだ事は以下の通りです。
「食べられなくなったら直ぐ点滴をうつ」←1日でも延ばすと確実に悪化します。
「水分は口に含む程度でも摂る」ポカリ、カルピス、炭酸、お茶類その時飲めるもの。
「食べられなくても赤ちゃんは育つ」実際すくすく育ってます。
「精神的苦痛は極力取り除く」私の場合は仕事でした。
「他人は他人、自分は自分と割り切る」周りは軽い人ばかりだったので、入院はかなり驚かれました。
悪阻の約3ヶ月間は正直赤ちゃんがいなくなれば楽になるのにと毎日の様に思いましたが、落ち着いた今は悪阻を乗り越えたから出産も乗り越えられる!!と前向きに考えています。同じ境遇の方もそうでない方も、この肉体的にも精神的にも辛い経験は後々の逆境にも耐えられるいい経験だと思うので無理はしないで自分のペースで過ごして下さい。

ゆうきママさん 04/07/17

妊娠中のみなさん、こう暑いと悪阻も厳しくなりしんどいですよね。でも悪阻は必ずあけますからね。なんとか乗り越えて下さいね。できれば頑張らず、人に甘えて、大げさに寝込んで、自分と赤ちゃんを守って下さいね。
私は妊娠判明と同時に切迫流産でそのまま入院してました。悪阻が始まったのは、7週あたりからで、吐くだけではなく、自分の唾液も飲めず、二週間で10キロ落ちました。おしっこも少ししか出ず、吐くのは黄色や緑色や血の混ざったものでした。
個人病院から救急車で大病院に搬送され、PICUという、妊婦さんの集中治療室で、出産するまでお世話になりました。24時間の点滴と、体を動かしてはいけないので、尿管入れたままで、トイレも自分ではできませんでした。一日中、顔の横に銀色のプレートを置いて、飲めない唾液と、繰り返す嘔吐を垂れ流しでした。
途中、点滴の副作用で嘔吐が激しくなったので、どこまでが悪阻だったか定かではありませんが、正確に言うと、帝王切開を開始する寸前まで吐いておりました。息子は7ヶ月の早産でしたので、しばらく病院のお世話になりましたが、今は元気に暮らしております。
胎盤の病理検査で判明したのは、絨毛膜羊膜炎に感染しておりました。妊娠中何度も羊水検査をしたのですが、その時は判明せず、どんどん子宮が裂け、緊急で帝王切開し、子供には感染せずに助かりました。原因は不明です。それが重度の悪阻の原因でもあったようです。ただし、悪阻の強い人がみなさんそういう病気に感染してるわけではありませんので、心配しないで下さいね。ただ、けして悪阻は甘えから来るものでは無いという事です。病気なのだと先生はおっしゃてました。
どうどうと寝込みましょうね。夫婦の結束も強くなるいいチャンスかもしれません。赤ちゃんを守れるのはママの特権です。赤ちゃんが欲しくても、なかなか会うことの出来ない人からすれば、悪阻すらも羨ましい出来事ですよね。貴重な体験だと思って、前向きに過ごして下さい。私はそんな経験のおかげで、一生の中で今が一番スリムです。やったぁ!そして無事子供に会えて、良かったです。いい思い出です。思い出したら今でもオエッとくるんですけどね。長い人生の中のたった10ヶ月ですからね。きっとなんとかなりますからね。ファイトです。

チョコsさん 04/07/14

今6ヶ月になる女の子のママです。私も妊娠中、つわりでとてもつらい思いをしました。
検査薬で陽性が出て喜んでいたのもつかの間、つわりが始まりました。すぐに何も受け付けなくなり入院。一日4本の点滴をすることになりました。とにかく何をしても気持ち悪い。結局10日間入院しました・・・
自宅に戻ったからってつわりが終わったわけではなく、ここからがまた長い長い戦いとなりました。退院してからも寝たきりのような生活で立つことさえできない。『どうしてこんなつらい思いをしなくちゃいけないの?』毎日泣きながら吐いていました。
妊娠3ヶ月のとき少しつわりがおさまってきました。「終わったのかな」と喜んでいたのですが妊娠4ヶ月のときまた急に何も受け付けなくなりました。
何を口にしても吐く。水さえも受け付けない。一回目の入院のときよりも症状が重く結局14日間入院しました。『もうおろしてしまいたい』あまりの苦しさにそう頭をよぎったことも何度もあります。でも検診でお腹の赤ちゃんが元気に育ってくれてる・・・そう思うと頑張ろうという気持ちになれました。周りの人に支えてもらいながらなんとかつわりの時期を乗り切ってこれました。結局私は6ヶ月までつわりで苦しんでいたのですがある日突然吐かなくなり、妊娠7ヶ月頃は動けることがうれしくてよく散歩とかしてました。動きすぎて先生に『安静にするように』といわれたくらいです。
今からちょうど一年前はまだつわりで苦しんでいた頃です。あの頃は毎日が地獄のような日々。いつになったらこの苦しさから抜け出せるのか分からなくて、イライラしたし本当に苦しかった。
でも今娘の笑顔をあの苦しみを乗り越えて本当によかったと心から思うし幸せです。今つわりで苦しんでる方は毎日がほんとに地獄のような日々だと思います。けどお腹の中で確実に赤ちゃんは育っています。あと数ヶ月したらかわいい我が子に会えます。苦しいでしょうが今を乗り切って頑張ってくださいね。

MOKOBAさん 04/07/01

今二人目妊娠中、つわりが始まった所です。一人目のときには、ひどいつわりを体験しました。
アメリカに住んでいた私は、妊娠7週目に入っても食欲旺盛、とても元気な妊婦でした。
おなかが大きくなり始めた暑い時期に帰国するより、今の身軽な時に一時帰国して色んな友達や家族と時間を過ごしておこうと、5月ごろドクターの許可をもらい、妊娠8週目に日本行きの飛行機に乗り込みました。

ところが関西空港に到着し見ると、日本は思いのほかじめじめしていて息苦しくなり、実家に着いた頃には気分が悪くなってしまいました。 次の日も次の日も調子は悪くなる一方で、胃の中に石ころが入ったような感じがぬけず、一週間たつ頃には嘔吐するように。
 でも、つわりって吐くっていうし、実家に帰って甘える気持ちが出たからつわりになったのよ、なんていう周りの言葉もあって、我慢の日々。 スプーン一杯の水を飲んでも吐いてしまうようになって数日後、トイレてたおれてそのまま病院へ運ばれました。
極度の脱水症状のため、入院して毎日4本の点滴をうちました。口から一切食べ物、飲み物は入れませんでしたが、私自身はずいぶん楽になったように感じていました。
ただ、毎日言われる「励まし」の言葉が本当に辛かったです。

”つわりは気分の持ちようなんだから、しっかりしないとだめよ”
”だんなさんが優しいから甘やかされてるんでしょう。これからはママになるんだから甘えてちゃだめよ”
”あんまり神経質になると、治るもんまで治らなくなるから、もっとおおらかにね”
”がんばって大丈夫だって言い聞かせれば、つわりになってならないんだからがんばって”
”こんな時期に日本に帰ってくるなんて、母親としての自覚を養わないとね”

自分なりにドクターとしっかり話して決めた事、アメリカで一生懸命がんばって仕事していた事や、もって生まれた性格まで周りの人やお医者さん、看護婦さんに非難されているようで、言われている事をどうしても受け入れる事が出来ませんでした。 

”ちがう、気の持ちようじゃない””甘やかされてなんかない”
結局身長164センチの私は、37kgをきってしまい、36kgになった時点で母体を守る為に赤ちゃんを犠牲にするのもしかたないかも、といわれてしまいました。

”妊娠への不安がつわりをひどくするのよ。みんながとおったみちなんだから。”
”赤ちゃんの事すきすきっておもってれば、つわりのつらさも忘れられるのよ”
”7年間不妊で待ちに待った妊娠なのに・・・・つわりになったのは私のせいじゃない。”
刺激がないように、とテレビもなく電気を消されて薄暗い部屋の中で、点滴の針の跡でボロボロになった腕や手の甲、ゴムバンドで縛っても血管がうきでず、針をさしても血が逆流しないので、看護婦さんたちから敬遠されている自分の細くなった腕を見て、ぽろぽろと涙がこぼれました。
結局3ヵ月後、赤ちゃんおなかに抱えたまま無事退院できました。 どうしてもそこの病院で言われた事が心に引っかかり、色々な事情もあって9月にはアメリカに戻り、無事出産しました。
体重がなかなか増えず、栄養士さんについてもらい、毎日毎日カロリー計算をして体重管理したのも、よい思い出になりました。

今二人目を妊娠中でつわりも始まりましたが、今度は我慢せず、ちょっとつらくなったら点滴をうってもらおうとおもっています。つわりは自分が悪いのではないと分かっていても、色々といわれると辛いですよね。 病院にいる先生、看護婦さんたちは症状のみに興味を示すのではなく、もう少しメンタルなメンにも目を向けてほしいと思います。 特に私が言われたような事は全く科学的な根拠もない事ですし、そういわれた私がどうしようもなくなり、追い詰められるかもしれない、というところまで配慮してほしかったなとおもいます。

ぽぽさん 04/06/25

医療関係者からの暴言に傷付いた方も多いようですが、私はまったく逆の体験をしました。
現在4年ぶりの妊娠で19週目が終わろうとしていますが、すでに2度悪阻による入院を経験しました。と言っても、どちらも5日ほどで退院しましたが。
身内や親しい近所の方などからは、一般的によく言われるように「普通は2人目ならもっとしゃきっとするはず」「私のときは助けてくれる人がいないから寝込んでられなかった」「食べないから体力出ないのよ」などなど、冗談めかしながらも言いたいように言われました。
しかし、2度の入院中、お医者様からは「食べたくない時は無理して食べなくていい。最低限、水分だけ摂れていれば大丈夫だから(幸い水は飲めていたので)」、助産婦さんには「私も19週目まで吐いてたわよ。“甘えてる”っていう人もいたけど、“私が甘えるはずないじゃない!”なんて思いながらね」、看護士さんや掃除のおばさんにまで「大変な人は大変なんだよね」「もう少しだから頑張ってね」などなど、理解ある励ましの言葉をたくさん頂戴しました。
おかげで、現在もまだ治まったとは言えないつわりですが、身体を休めることにも心無い人の暴言にも強気で頑張っています。どうか、皆さんも頑張って乗り切りましょう!

さくらさん 04/05/22

私は現在、第1子を妊娠中、6ヶ月目に入った所です。5週目から、1日中嘔吐、めまいに襲われ、水1滴も飲めなくなり、横たわっているのがやっとの状態になり、病院で妊娠陽性を知ると同時に、妊娠悪阻と診断され、11週目まで入院しました。
治療として、絶食絶水、24時間点滴の日々でした。出口の無い、暗いトンネルに入り込んだようで、気持ちが悪いのがこのまま一生続くような気がして、涙が止まらなくて、看護師さんを前に号泣していました。
最初は大部屋でしたが、周りは食事を摂れる妊婦さんばかり、食事のたびに匂いを避けるため、看護師に部屋から避難させてもらったり、嘔吐のたびに点滴を引きずりトイレに向かうのが辛くなり、個室にかえてもらいました。点滴と点滴に入っているビタミン剤だけで赤ちゃんはきちんと育つのかという不安が、悪阻の症状に拍車を掛けている気がしました。私は、主人が医師として勤務している病院に入院した事もあり、主治医をはじめ、医療スタッフが皆良くしてくれたし、主人が、勤務の合間に病室に来てくれるのが、励みになりました。
主治医が、私の心配事に気付いたのか、私を安心させようと、入院中、週に1回、超音波を当てて赤ちゃんがちゃんと育っているのを見せてくれたのも、とても励みになりました。点滴のみの治療は半月ほどで、以降は、食事と点滴の併用でした。1日中、血液、胆汁が混じった胃液を吐き、胃や食道が荒れているため、食欲などありませんでした。
ミニトマトや生野菜、そうめんや、冷たいうどんを少量ずつ食べていましたが、水を飲むと、途端に気分が悪化しすべて吐いてしまうので、水分は飲めませんでした。そのうち、いなり寿司やカッパ巻きが食べられるようになり、気分が良い日は、モスバーガーのフライドポテトと、プレーンドッグを買ってきて貰い、食べていました。
退院してからも、食べるタイミングを間違えると、食べてもすぐ吐いていました。食べても、水を飲んでも吐く事が減ってきたのは、17週に入る頃からです。とはいえ、20週に入った現在でも、朝は特に気分が悪く、朝起きて1時間以内に嘔吐に襲われています。今でも、1日中胃がムカムカしていますが、気分の良い時間を選んで、3食食べられるようになってきたので、以前に比べればだいぶ楽です。最近、胎動が良く感じられ、悪阻に耐えてきて良かったと心から思います。あと4ヶ月、悪阻と上手に付き合って、過ごしていきたいと思います。

ととろさん 04/05/06

私は、今妊娠17週目にはいった26歳の初妊婦です。私もつわりがひどく、何度このHPをみて涙したか、わかりません。自分の体験とまったく同じような人もいて、声をだして大泣きしたこともありました。皆さんの投稿に本当に励まされたので私も少しでも役に立てればと思いパソコンに向かっています。いまでは、やっと吐くことはほとんどなくなりましたが、一日に何十回も出るげっぷのため、決してスッキリというわけではなく、もやもやとした気分の中で仕事に出かけています。
 私のつわりは、6週から始まりました。つきあげるような吐き気に襲われ一日に何回も吐きました。9週目に入り水を飲むだけでも吐くようになり5日間ほど入院もしました。退院したのは、決して楽になったからではなく、仕事を続けていたので長期間休むわけにはいかなかったからです。
朝目覚ましと同時に吐き気が襲い出勤前に2〜3回吐くので、どうしてこんなにつらいのに仕事に行かなくちゃいけないの?といつも思いましたが、旦那さん一人の給料では生活は厳しく、これから生まれてくる子供のことを思うと蓄えも必要なので、辞めるわけにいかず、転げまわるように支度をして出かけていました。
看護師をしているので、患者さんの前ではしんどい顔はできないし、においにかなり敏感になっているので、いつも慣れている患者さんのおむつ交換も、食事介助も地獄でした。何とか仕事は気力でがんばって家に帰ってくると、倒れこむように洗面所で吐きまくる。そんな毎日でした。
子供が欲しかったので妊娠はもっと楽しいと思っていたのに、もう死にたい、子供はあきらめたいと何度泣いたことか。どこに怒りや辛さをぶつけていいかわからず、旦那にあたりちらしたり、殺してくれと困らせたこともありました。
家事はほとんどできず、家の中は散らかり放題、食事は旦那の帰りを待ってうどんを作ってもらたり、果物を食べました。いつもは楽しい休日も、パジャマのまま髪もとかさず、歯も磨けずぼろぼろで寝ては吐くの繰り返しで、生きているというだけでこんなに苦しい日々は初めてでした。よく、つわりは精神的なものとか、甘えがひどくする。という人がいますが絶対に違います!
本当にこれは経験したものにしか分からないですね。この体験で私は病気でいろんな症状で苦しんでいる人が死にたいという気持ちが分かった気がします。苦しさと、終わりの見えない不安は言葉では表現できません。ただ、妊娠はその苦しみのあとにすばらしい感動と喜びが待っているはず。私はそれを楽しみにこれからがんばっていきます。そして、私を支えてくれる旦那と、仕事を軽くしてくれたり協力してくれている同僚に心から感謝しています。

ayaさん 04/05/02

現在13週になる初妊婦です。私も先週まで妊娠悪阻で入院していました。つわりは5週から始まり8週から10週がピークでした。今も胃の不快感・嘔吐は続いていますが、こうしてパソコンをつつけるくらいに回復しました。とにかくお茶を飲んでもお水を飲んでも吐く。
看護師の仕事をしていますが仕事も休憩室で横になりながらしていました。急変の多い心臓の病気の患者さんを看る病棟です。忙しくストレスが原因だったのか7週の時動けなくなり重症妊娠悪阻で入院となりました。
点滴は一日2本〜4本。しかしまったく楽にならずに地獄の毎日。「もうおろしたい。」何度もそう思いながら泣いていました。逆流性食道炎になり血まで吐く。スイカを無理やり食べては吐いていました。
プリンペラン(吐き気止め)の注射は体がものすごくむずむずしじっとしていられない副作用に襲われ使いたくなく、内服は飲める状態ではなく。一日10回くらいは吐いていました。うつ状態になり誰と話してても何をしてても涙が止まらない。「いつ終わるの?いつまで頑張ればいいの?」毎日そう思っていました。仕事柄、つわりはいつか絶対終わる、吐いてでも食べないと・・・理屈はわかっていても思うようにはいきません。
体重も3週間で7キロ減り吐くのも全身の力を使いトイレで吐いていました。吐いた後は動けないくらいでふらふらしながら手すりを持って部屋へ帰っていました。ベッドから動けない日もありポータブルトイレをおいてもらっていたこともありました。
夜もねれずホリゾンという注射を筋肉注射してもらい眠っていました。それでも必ず3時にむかむかで覚醒し身の置き所がなくゴロゴロしながら泣きながらすごしていました。夜が来るのが怖くて怖くて。退院した今も夜は寝れずロヒプノール1mgを内服して寝ています。今も一日2〜3回は吐いていますが脱水がない分体は比較的しっかりしていて吐くのも楽です。食事も少しずつ食べれるようになりました。まだプリンぺランの内服は手放せませんが・・・。(プリンペランの内服は注射の半分の量なので副作用は出ませんでした)少しずつ出てきたお腹をさすりながら一日一日をすごしています。
 ある先生の言葉で私はすくわれました。毎日泣いている私をみて回診の時に「悪阻の人はしんどいのをとってあげないといけないんだ。母体がしんどいと赤ちゃんもしんどい。精神的にも身体的にも妊娠継続が難しくなるから必要最小限の薬を使ってしんどいのとろうね。いくら赤ちゃんが育ってるって超音波でみても頑張れないでしょ。今は泣いてもいい、言える人に自分の思っていることをことを言えばいい。頑張らなくてもいいよ。一日一日あせらず過ごしていこう。仕事のことも考えなくてもいいよ。婦長さんが怖いのはわかるけど診断書があるんだし診断書があれば婦長さんも何もいえないからね。赤ちゃんは今しか育てられないんだよ。仕事は産んだらいやでもしなくちゃいけないからね。」と。ものすごく救われました。
「頑張らなくてもいいんだ。一日一日過ごしていこう。必ず夜明けは来る。」そう思えるようになりました。私の母もまったく同じつわりで私が口にできなかった言葉を口にしてくれました。「おろしたいって思うじゃろ。母さんも思ったよ。先生に何度もおろしたいって言ったよ。もちろんだめって言われたけど。」こんな思いをして産んでくれた母に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいで涙が止まりませんでした。
私も元気な赤ちゃんを産むためにあと少し頑張ります。地獄の2ヶ月を過ごしてきましたがつらい思いをしているのは私だけではないとこのサイトで励まされました。涙を流しながら皆さんの体験を読ませていただきました。
いま私のようにつわりで先が見えず「おろしたい」と思っている妊婦さん一日一日一緒に過ごしていきましょう。これは体験した人ではないと本当にわからないつらさです。必ず夜明けはきます。泣いてもいい、わめいてもいい。赤ちゃんを守れるのは自分しかいません。10ヶ月しか赤ちゃんは独り占めできません。期間限定。「そんな日もあったね!!」と笑って赤ちゃんを抱ける日が必ず来ます。私もその日を夢見て頑張っています。昨日実はお腹のなかの赤ちゃんが私に笑いかけてくれる夢をみました。「ママ、私は元気に育ってるよ」と伝えてくれたのだと思います。

さかなさん 04/04/20

私は妊娠が分かったと同時に吐きづわりでした。つわりは誰にでもあることと思いずっと我慢していました。
病院の先生も順調な証拠ですと言われるだけで、とにかく週数を指折り数える日々でした。実家も遠く、助けがないのでただひたすら耐えるしかありませんでした。一日中、ビニール袋を手元に置いて、24時間吐いて吐きまくりました。トイレに行くにも間に合わないのです。顔面の血管も切れていました。毎日つらくてつらくて情けなくて惨めで泣き続けました。食べることも飲むことも出来ずとうとう起き上がることすら出来なくなり、主人に病院へ連れて行ってもらうと即入院するよう言われました。
重症妊娠悪阻と言う診断で一月入院しました。体重は元から7キロほど痩せていて、飢餓状態と脱水症状がありました。入院中も吐き続けの日々で、限界はとっくに過ぎていました。点滴の日々でしたが、肌はがさがさで、栄養失調のため血管が見えず看護婦さんも一苦労。針を刺すのも一回の点滴で5,6回刺すのです。それも痛くて、手は内出血のあざだらけでした。
退院後は実家にもどり寝たきりの介護生活でした。体力、筋力は衰え、外を歩くことも出来ませんでした。結局、吐くことは少なくなったものの、ムカムカした吐き気は生むまで続きました。今は1歳8ヶ月の息子がいます。そのときの恐怖が抜けきらず、二人を妊娠する気にはなれません。
当時思っていたことは、死ぬよりつらい。一秒一分がつらい。つわりとはこんなにつらいものなのに、なぜ今までその原因が解明されず、それに効く薬などが無いのか、ということです。あと、このつらさはなんといってもなった人にしかわかりません。周りの人が軽々しく適当なことを言って欲しくないのです。がんばれと言われることがつらかったです。

ほよりんさん03/03/28

私のつわりは、5週くらいから始まり3日くらい食べられず、その後一週間くらいはなんとか食べられ安心していたんです。
“もうつわり終わった?”と思ったのは、大間違い・・・その後、ジュースを飲んでもその直後吐いてしまうし、何も食べられなくなり、トイレに行くだけでフラフラ・・・。
今考えると、異常なんですが・・・その時は、考える力も無く“皆こんなつわりに耐えてるんだ”って自分に言い聞かせ、なんと二週間で約6kg減り今まで見た事無い数字が!!
もうこの頃には、歩く事もやっと・・・病院に行くと「“ケトン”が出てるから点滴しましょう」とそのまま入院。
ちなみにケトンとは、脱水症状の事でプラス3で看護婦さんにも驚かれました。私の血管は細くて動いちゃうタイプらしく、ウニウニやられとても痛かった事と、おしっこの量を毎回図らなくては行けないのがつらかった。
でもその他、看護婦さんは優しいし、料理はおいしいし、TVや有線などやりたい放題で正直、帰りたく無くなりました(笑)

みかさん 04/03/07

1人目は6週〜16週まで吐き続け8週〜14週まで妊娠悪阻で入院しました。流産しかかっていることもあり入院しました。24時間流産をとめる点滴と、朝500ml×2の栄養点滴で乗り切り8kg減ですみました。食べれたのはおかしのジャガリコとコーラのみ。でも1日1箱食べれたのでまだ大丈夫でした。

1人目のつわりが忘れられなくてなかなか2人目を決意することができませんでしたが、もうすぐ4歳になるときにやっと決意して子作り。
娘の「ママのおなかに赤ちゃんがいる」という言葉が気になり検査すると陽性。
すぐつわりがはじまり4週〜12週まで吐きつわりでしたが今回はひどかった。。
1食でみかん1個をなんとか食べれる状態でしたが段々食べる量も少なくなり吐く量は増える一方で。。その頃はジュースのみで生きていました。

8週になったときに冬休みになり娘の世話もできなくなったので実家に非難。
近所の内科に毎日通い点滴を打ってもらいました。この時点でマイナス4kgでまだ元気なほうでした。しかし正月休みになるちょっと前から脱水症状も出てきて医師も心配しだして入院を勧められましたが娘の世話もあるので断っていました。

しかし正月休みの1週間でさらに4kg減。目を開けるのもきつくなり寝返りもうたずひたすら寝ていました。
正月休みがあけたので病院へ通い始めましたが、途中でおなかが痛くなり(流産の可能性があるため下腹部痛があるときは動かないように言われていた)通えなくなって1週間後、妊娠前の体重が50kgだったのが38kgまで減り、目の周りや頬も黒ずみ、寝ている状態から座るだけで動悸がし、記憶障害も出てきて、脱水症状が見え始めたとき実母に抱えられて病院へ。そこでもう面倒みれないと言われ明日からは産婦人科で入院することまで話はすすんでいました。点滴を打って自宅で昼寝をすると急にお腹がすいて食べれるように!
それまで1ヶ月絶食していたので自分の行動にビックリしましたが、急に気分も晴れて食べれるようになりました。
しかし翌日からひどい胃痛と便も10日以上でない状態だったのでとにかく痛くって、つらかったのですが食べれない日々を思い出すとまだ我慢できました。
食べ始めてから4日目に久しぶりに便が出ました。

1人目の妊娠悪阻は徐々に終わり、2人目は午後に急に終わりました。
体重も8kgと12kg減で、普通はひどくても3kg減くらいだと聞いて驚きました。
2人目はどうしても上の子供の面倒をみないといけないと思い無理をしがちだし、周りのママさんから「上の子供が気になってつわりどころじゃない」と聞いていたので、私は根性なしだからつわりがきついのか?と自己嫌悪に陥りました。
でもこれは「病気」だし、理解してくれる人は手伝ってくれたので助かりました。でも珍しいので「はじめて聞いた」と冷たい視線を送られる事もありました。

古い人間は「つわりは病気じゃない」と言い、妊娠悪阻まで理解しようとせずつらい思いもしましたが、理解して手伝ってくれる人はいるのでそれはそれでいいと思います。
私は1人目は分娩時間が丸3日とひどかったので、今回も一応覚悟しています。妊娠にむいていないからだかもしれないと思っているので今回が最後の妊娠になると思います。

つわり中いつもカレンダーを見て「12週位で少し楽になる」と思い続けて過ごしていました。
あのなんともいえないきつさは体験した人しかわかりませんが、私みたいに2人共妊娠悪阻で苦しんだ人もいると思うと少しは楽になれるかな?と思い書かせていただ抱きました。
無理に食べさせようとする人もいますが、無視して自分の体調だけを気遣って生活できたらいいと思います。

エドガーさん 04/03/03

11才(男)、8才(男)、4才(女)の子どもがいます。3回ともいずれも重症妊娠悪阻でした。毎回6週目にはムカムカと1日中の吐き気がして何も食べられず、7週目には水も駄目になり、吐いてばかりでケトン4+で入院でした。24時間絶え間ない吐き気と嘔吐とそして唾液の異常分泌とで、1日に5箱はティシュがなくなる状態で、胃液も胆汁も血も吐きました。
1人目の時は働いていて、当然自分はこのまま働き続けるものと決めていたのに、24時間続く吐き気と嘔吐と唾液分泌の攻撃には勝てず、1日中ベッドとトイレと流し台から離れられない状態となり、退職しました。
20週頃には吐く回数が1日に3〜4回となり外に出るようになりましたが、異常な唾液分泌と味覚異常と24時間続くムカムカは出産まで続きました。
2人目は覚悟はしていたがやはり7週目には入院。当初は吐き気で音を聞くのもつらく、少し体位を変えるだけでも頻脈と吐き気倍増状態でした。
普通、点滴すると吐き気がおさまる人が多いというが、私は脱水状態を改善することに点滴が役立っても、唾液の分泌と喉に絡む痰が増え、吐き気が倍増し、かえって具合が悪くなりました。夜中まで吐き気と唾液と痰に苦しみ、ベッドをほぼ直角に起こして頭が眠気でフラフラになって深夜3時頃にやっと眠るという苦しみを味わいました。フラフラしながら点滴台を引きずって洗面台まで行くのがつらくて、洗面台に両手で寄りかかって吐き続けていると助産師が来て、「お腹の子どものことをどう思う?」聞かれた時、精神的に少し楽になりました。「この人は私の内面に気付いてくれている」と感じたのです。
上の子がいるので12週頃に無理やり退院しましたが、自宅でも1日中気分が悪くて子育てや家事が出来る状態ではなく、何を食べても気持ち悪く唾液も止まらず、後半は食べづわりへと移行しました。
お産の時は陣痛の間欠期に吐き気がして、分娩後は分娩台の上で膿盆に2杯吐きおさめをしました。食道と喉が焼けて何も食べられず、会陰切開と後腹と痔が痛くてつらかったけど、悪阻よりはましでした。何よりもVBAC出来たことで満足でした。
3人目は年齢が37歳ということもあってか、重症な状態が行きつ戻りつする変則的な経過をたどり、何も食べられず、水も飲めず入院して点滴していると、便秘による腹痛を起こし、胃痙攣を起こし、食道も喉も鼻も粘膜が全て炎症を起こし、少し食べられるようになる食後に激しく嘔吐し血を大量に吐き・・・と散々でした。
一番イヤだったのは、助産師や栄養士の中にこのつらさを分かってくれないばかりか、「気のせいでしょ?!」とか、「食べながらはけばいいのよ・・・。吐くだけでしょ?!」とか平気で言う人がいることでした。友人にも「病は気からって言うじゃない」といわれたり。
絶飲食中は喉がやけて、そこに痰がたまり、吐き気をこらえて、深夜眠ろうとすると、喉がつまり、苦しくて目を覚ますということが何度も有りました。2人目のときは、氷のかけらを含んでいましたが、3人目のときはこの喉のドロドロのからみがたまらず、熱湯を少し喉に流し込むという荒業も試してみました。これには助産師も看護師真っ青でしたね・・・。
ある日私は、点滴にいらいらしてこれ以上やると自分で引き抜くかもという気がして、看護師にいうと、若いその日の担当医が来て押し問答の挙句、「それなら子どもをおろすしかない・・・」その医師に言われ、私はその場で泣き崩れ・・・ということもありました。喉を絞めて自殺した自分の姿を夢に見たりもしました。あの時は多分少し精神的に異常でしたね。
退院しても状態はあまり変わらず、ミックスベジタブルと少量の牛乳とパンを少しとお茶を午前中に食べても、それらはほとんど消化されること無く胃にたまり、夕方から深夜にかけて全部吐き続けるという毎日でした。モーニングシックネスなんて男性医師が勝手に決めた病名としか言いようが無い。状態は確実に午後から悪くなり、夕方から深夜が最悪でした。
後期は大きくなりすぎたお腹で胃と腸が圧迫され、胃と食道の逆流現象と極度の便秘でと、加えて痔と極度の貧血で悩まされ、胃の状態が悪いので鉄剤を飲んで又吐いて、鉄剤の注射に通いました。
このときも唾液と悪阻はお産まで・・・。分娩中も吐き気とはお友達でした。私にとっては陣痛よりも、1人目の帝王切開後の痛みよりも、何よりもこの悪阻がつらい体験でした。

ぶっち〜さん 04/03/03

現在妊娠2ヶ月です。今、2人目の妊娠なんですが、最初の妊娠の時、ひどいつわりでした。たしか、2ヶ月のころから始まったと思うんですが、毎日少なくても3回は吐いていました。ほんとに、毎日です。仕事にも行けず、一日中寝てました。台所に行くとにおいで吐き気がして、ず〜っと寝室から出れなくて・・・
たまに気分がいい時、買い物に行こうかと思い、部屋から出て、エレベーターに乗ろうとするだけで、息切れ、動悸、めまいがして、買い物なんて行っても結局ず〜っとベンチに座りっぱなしで、全く動けない状態でした。毎日、通ってた産婦人科に点滴をしに行って、それでもぜんぜん良くならないので結局は入院しました。10日くらいしたのですが、24時間の点滴で徐々に良くなってきたので、帰ったのですが、またその日の夜から嘔吐が始まり、入院前と変らない体調の悪さは続きました。
最後の頃には、血がいつも出ていました。のどが荒れて、さらに食べれなくなり、本当に辛かった。安定期に入ったら今までのが嘘みたいに快調になり、15kg痩せたのが1ヶ月でもどりました。今も、まだ、吐いてはいないけど、毎日、気持ち悪いのでまたかと覚悟してます。かわいい我が子の為です。がんばります!

双子のママさん 04/02/16

私は5週くらいから嘔吐が始まり、30週くらいまで吐いてました。初めは外来点滴で頑張っていましたが、家で夜間に急な大出血!!まだ8週でした。そのまま入院。重症悪阻に、切迫流産で2か月以上の入院生活が続きました。
安静との事で、ベットにとにかく寝たまま・・・トイレにも車椅子で連れて行くってもらってました。でも、どんなに安静にしていても、嘔吐するたびに腹圧がかかり出血してしまい、いつ子供が駄目になってしまうのか・・との恐怖との戦いでした。毎日点滴のみの辛い生活。夢の中では、毎晩食べ物の夢ばかり見ていました。それでも、寝ていても吐くのです!
そのうち、血も吐くようになり、医師からは「今度、胃カメラやらないとね!」と・・・カメラなんか飲めるか!!と思ってました。2人も子供が入っているのに、体重はマイナス7キロで40キロになり・・それでも、おなかだけはしっかりと出ていて、よく育つなあ・・と感心しました。何故、こんなにもつわりで苦しむのだろう・・と医師に話すと「2人分だからね!1人を妊娠するよりもひどいのよ!」と・・それを言われるとあきらめるしかありませんでした。2人分だから、頑張らないと!
後期では吐くのが癖になってました。ピーク時には、1日に30回くらい吐いていたので、トイレに行って便器を見ただけで、吐きたくなってしまうのです。つらく、とにかく長〜〜〜いつわりでしたが、子供の成長だけが支えでした。つわりくらい・・と思われがちですが、今まで生きてきて一番辛い事でした。今、思い出しても恐怖体験のように、はっきりと思いだせます。出産よりも、何よりも辛い・・でも、それを乗り越えられたから、今、かわいい2人がいるのです。今現在、つわりで苦しんでる方へ。大変だった分、辛い思いをした分、喜びは何倍にもなり、そして子供をかわいく、いとおしく思えるのです。頑張って下さい。

KOZさん 04/02/16

 私は妊娠が判る前からつわりが始まって出産の日までつわりがありました。1月27日出産したのですが、1月の10日まで吐いていてその後、出産までは気分がわるくていつもうがいをしてました。
私のつわりは8月が一番辛くて水も飲めない状態にまでなり、一日5、6回は吐いてました。口のなかに唾が溜まってしゃべれないし、外出してもいつもトイレにいっては唾を吐いてうがいをしてました。寝ていてもめまいがするので病院に入院して点滴を打ってもらいました。
唾が溜まるので夜も寝られず1時間に1回は目が覚めてうがいをしてました。本当に辛かったです。
 いつもこのホームページを見ては私だけじゃないんだと、自分を励ましてあとちょっとで終わると言い聞かせてましたが結局出産までずーっと気持ちが悪かったです。陣痛が始まった時本当にうれしかった!つわりから開放される!!出産も29時間かかって大変だったけどつわりの苦しみよりましだと思って出産したので以外に楽しかったです。
 つわりのときは絶対に子供は一人でいいと思ってました。つわりの苦しみは絶対に忘れないと思ってたけど、産んでみると便器を抱いて吐きながら泣いていた日々も以外に良い思い出です。
出産の苦しみなんて1日、2日で終わるし、もう1人欲しいかもって思ってます。
 つわりで苦しんでいる人は本当に今苦しい時ですが、必ず終わる日が来ます。つわりの最中だとこの苦しみが永遠に続きそうな恐怖でしたが、赤ちゃんと対面するとすっかり忘れてしまいます。頑張って乗り越えてください。

プレパパひろしさん 04/02/04

現在妻がつわりで苦しんでおります。
つわりの質は、吐きつわり。食べては吐き、飲んでは吐き、胃が空っぽになれば胃液を吐き…

こちらに投稿させて頂きましたのは、プレパパへ望むことのアンケートを拝見したからであります。アンケートの序文ではありませんが、妊娠・出産とは夫婦の共同作業であると考えております。
私は仕事が遅くまでかかることが多く、妻の望み通りに家事を手伝えているかどうかは疑問ですが、少なくとも出来うる限りの協力をしているつもりです。
掃除、炊事、洗濯、買い物、仕事の都合をつけて休みを取り通院の付き添い…
正直、最初は妻の要望にイライラしたものです。しかし、妻が妊娠悪阻により10日間ほど入院してからは考えがガラリと変わりました。
「入院しなければいけないほど辛いんだ…それなら元気な俺は出来うる限りの事をしよう」と。

奥様の為にこちらのサイトを閲覧されているプレパパの皆様。アンケートをご覧になり、「何を言っているんだ」などと感じられた方もおられることでしょう。
しかし、何を言ってもまず大前提に、つわりで苦しむ(肉体的・精神的)のは奥様であることをお忘れ無きようお願いしたいと思います。つわりで苦しむことになった最大の原因は、夫婦の愛の結晶である子供を身ごもった事にあります。
お互いの同意の元に授かったわけですから、奥様だけが辛い思いをするのは不公平だと思いませんか?私は思います。ですから、妻にしてあげられるせめてもの苦しみの分担として、家事全般を引き受けました。
家事の負担にためらいを感じているプレパパの方々が、私の意見をご覧になり お考えを改めてくだされば幸いです。

あいさん 04/01/24

私の悪阻も相当ヒドイものでした。6週の頃でしたが水も飲めないほどで、吐くだけ吐いて脱水症状になり、頭が割れるほど痛くて、耐えられずに病院に電話したら、入院の準備をしてすぐ来るように言われました。
重症悪阻でそのまま入院。
どんな匂いもダメで、人間の匂いも感じるようになってしまい、自分の手の匂いでも吐いていました。入院中は点滴をしましたが、つわりが良くなっているようには思えませんでした。本当に辛かったです。鉄分不足のせいか、体もものすごくだるくて、歩くといっても前に進むことがやっとで、腰が曲がったおばあさんのような格好で、真っ直ぐに立つことができませんでした。
悪阻では2回入院しましたが、4ヶ月の終わりの頃には食べたいものが出てくるようになって、オロナミンCと肉まんで乗り切りました。

みなこん 04/01/12

30日間入院し点滴を受けていました。
吐き気、胃痛、胸焼け、全身の倦怠感で呼吸するのも辛く声を出すと吐いていました。そのつわりも7ヶ月に入りやっと落ち着きました。
6ヶ月の終わりから野菜、果物を中心に食べたいという気になり、7ヶ月にはいると今まで見るのも嫌だった魚やお肉が食べられるようになりました。「おえっ」となっても中身が出ないので気がねなく外出もできるようになりました。
 あの辛い日々から考えると夢のように体は楽です。家事も臭いが気にならず普通にこなせるこの幸せ。。
今、苦しんでいる皆さんも、時間がたてば楽になる日が来ることを頼みに頑張って欲しいです。

花さん 03/12/26

私の場合、妊娠5週目で重症妊娠悪阻による脱水症状になり妊娠判明と同時に入院しました。
水すら一口でも口にすると、胃液・胆汁・血が出るまで吐き続けてしまう程で、絶食絶飲で一日四本の点滴生活でした。血管も弱ってて細く、何回も点滴が漏れたり、針がうまく入らなかったり腕も内出血だらけの上に、他の人の食事の匂いでも吐いてしまうので、食事の時間前に車椅子で他の部屋に非難させてもらってたほどでした。大げさに聞こえるかもしれないけど、寝返りをするだけでも吐いてました。

 『水分がとれるようになったら、家の方が楽なら赤ちゃんは元気やし退院してもいいよ。』と先生に言ってもらい、私は早く家に帰りたかったから、すぐに退院しました。(退院の支度をしながらも吐いてたけどッ)退院後も嘔吐は続き二度、重症妊娠悪阻による脱水症状になり病院に戻ることになりました。(胃痙攣も何度かおこしました。) 
 もともと痩せ型だったんですが、妊娠4ヶ月の時で体重38キロで、赤ちゃんがちゃんと育ってるのか本当に不安で不安でたまりませんでした!嘔吐の気持ち悪さ、胃やらあちこちの痛さ、一日中ただ横になっているだけの辛さやらで、『泣いたらあかんッ!』って思っても涙が止まらなくて、何回も泣いていました。
 でも、こんなに何にも食べれなかったし、水も飲めなくて氷を砕いてなめてた程なのに、病院の先生の言った通り、赤ちゃんはちゃんと育ってくれてて、7月に2930gの元気な女の子を出産する事が出来ました。
 周りにここまでつわりがひどい人がいなくて、『なんで私だけ?(:_:)』とすごく辛くて、『ここまでひどい人なんて聞いた事ないで』とか『病は気から』なんて言われると『同じ苦しみを味わってから言って!』って思う程、腹がたちました。そして、なんとかパソコンを出来るようになりこのサイトを見つけた時には本当に嬉しくて、号泣しながら読みました。(今でも読むと辛さが痛い程伝わってきて、自分のときを思い出して泣いてしまいます。)すごく励まされたし『私も頑張れる!』と思いました。
私のつわりの薬は『時間』でした。すごぉく長く感じたけど、一日が終わるごとに赤ちゃんに会える日が近づいていってて嬉しかったです!

ままごんさん 03/12/16

2週間前に3人目の子供を無事出産しました。傍らで寝息を立てているわが子を見ながらなんとなく開いたページに目がとまり、私の体験をお伝えしようと思います。
私の場合もこのページにアクセスする方達と同じようにどの子もひどい悪阻に襲われました。ただ、一人目のときは仕事をしていたこともあり体重は2週間で5`減ったものの周囲の方達の協力と若さ(?)でどうにか乗り切る事が出来ました。
しかし二人目からは病院を変えたことでの先生の判断の違いもありどちらも妊娠7週から2ヶ月間の入院生活を送りました。私の場合、いつも妊娠がわかってから2週間は吐きながらもどうにか家で過ごす事ができる(というか家でひたすら寝ては吐きの日々を過ごすなんだけど・・・)のですが、もう駄目だと病院に駆け込むと尿検査でのケトン体がすぐに+++++(先生は5+といっていたがそんなのあり?)になってしまいそのまま入院。そして、毎日3本の点滴が待っているのでした。
入院生活ではほとんど食事はとれず、胃液と血液を大量に吐き、しまいには「逆流性胃腸炎」になっているのでしょうがないといわれる日々・・・。何も食べていないと血管も収縮してしまい点滴の針は入らないし、同じ入院仲間であるはずの切迫の妊婦さんたちの「悪阻で入院なんかするの?」という悲しい声に耐えるなどの症状以外に辛い事ってたくさん出てくるんですよね。
でも、私自身が三人兄弟だったこともありどうしても三人子供は欲しかったのでどうにか耐えることも出来ました。出産なんて悪阻に比べたら軽いものです。皆さん今は辛いけど頑張ってください。

わんゆうさん 03/11/25

つわり、聞いただけで吐きそうです。私は二児の母です。
一人目:5週〜18週まで入院
二人目:6週〜13週まで入院
妊娠検査薬で陽性反応が出てから、入院まで、早かったこと!病院に駆け込み、即点滴(T_T)それから苦しい日々を送りました。尿検査をしたくても、おしっこは1滴も出ないし、吐いてばかり、食べ物の臭いは勿論のこと、テレビで食べ物が写っただけで、ゲ〜とするありさまで…トイレと病室の往復ばかりしていました。
何かして気を紛らわしたいけど、何もできる状態ではないし、泣いてばっかりで…する事といえば、ナースコールをして「点滴終わります」と言う事くらいでした。点滴の針も、吐いてばかりで血管が細くなり、もって1日であちこち刺し替え、両腕はアザだらけでした。看護師さんに「つわり、いつ終わるの?」と訳の分からない質問をして困らせたりもしました。あまりに長い入院だったので、精神的にヘトヘトになってしまいました。
食べ物飲み物は一切口にできないのに、なんであんなに吐けるのか不思議でした!出てくるものは黄色い胃液?みたいなもので、ひどい時には血まで吐きました(*_*)主人が背中をさすりながら「もう、やめなよ」と言うので【どうやってやめるの?】やめれるものならとっくにやめてるよ〜!と思いました!なんでつわりの薬ってないんでしょうかね?一人目と二人目も、病名は、超重症悪租との事でした。体重は、二人とも6`減りました。あんなに辛かったのに、もう1人産みたいと思っています(^_^;)辛いことの後には、それ以上の楽しいことが待っているので、頑張れる気がします!

nanannさん 03/11/23

私の場合、5週ころからムカムカが始まり、7週目には吐き始めました。空腹になると吐気が強くなるのですが、じゃあ食べればいいかと言うとこれが食べられない・・・。そのため、少しだけ口にしたほとんど消化し終わった果物の残骸や胃液、飲んだばかりの水を吐く毎日でした。
加えて味覚異常(何でも苦く感じて。甘党だったのに甘いものは一切駄目)、においに敏感になる、手指のしびれ(吐きかが強いとしびれも来る)、頭痛、ものすごいだるさ、めまい等・・・つわりフルコースの日々で、仕事にもほとんど行けなくなりました。毎日寝たきり。体重は6キロ落ちました。でも病院で検査してもケトンは出ないんです。先生も「ケトンが出たら入院だけど・・・もうちょっとがんばってね」とおっしゃるだけ。辛かったです。
実は私、昨年6ヶ月で死産しているのですが、その際にもつわりが酷く、8キロ落ちましたがなぜかケトンは出ませんでした。丈夫なのかなあ?
少し好転したなあと思えたのは、14週くらいからで、ムカムカは続いても吐かなくなり、少しずつ普通食が食べられるようになりました。シンプルなクラッカー(1パック6枚入り)を仕事に持っていって、1枚を15分おきにお茶と一緒に食べたりしました。
15週ころからはいやいやながらも甘い物が口にできるようになったので、ガムを噛み続けてます。これは空腹だと吐き気が来る人や、食いつわりで体重増加に悩む人にはすごくいい方法だと思います。
19週になった今、食後の吐き気や頭痛は残るもののだいぶ妊婦生活をエンジョイできるようになりました。
前回の妊娠では6ヶ月で死産のその日まで吐いていたので、思ったよりもはやくおわってくれてうれしいです。2回目で少しかわし方のコツがわかったみたい?な感じです。
それにしても丸々2ヵ月半、寝たきりの私を励まし支えて(尚且つ家事をやってくれた)くれた夫に感謝です。

つうさん 03/11/18

今回初めての妊娠で現在6ヶ月目に入ったところです。
つわりが始まったのは妊娠が判明した8月頃、ちょうど2ヶ月目でした。最初のうちはむかむかしながらもクラッカーや飴をなめて好きなもの中心に食べていましたが(ファストフードとそうめんが多かったかも)徐々に台所に入れない、冷蔵庫を開けられないなど食事の準備どころではなくなりました。主人に好きなものを買ってきてもらって食べてもらうという状況が続きました。
9月になってもほとんど状況が変わらず吐いてしまうことも度々でした。まだ暑い時期だったので脱水にならないよう水分を取るよう心がけていましたが、尿量が減り濃くなっていたので3ヶ月目の検診で先生に相談すると点滴を打って帰りなさいと言われました。
初めての事でどんなささいなことでも母に相談したりしましたが、なかなか「病気じゃないんだから」の一言で片付けられることが多く我慢するしかありませんでした。外に出て具合が悪くなってしまったり吐いてしまうかもと不安になるためほとんど外出もしませんでした。家に閉じこもりがちになり「こんなにつわりがつらいのは母親になる資格が足りないからではないか」「本当は母親になれないからこんなにつらいのか」など考え込む事もありました。主人はいつも協力的で心配もしてくれていましたが、やはり妊娠中の体のこととなると同じ女性の母しか頼れない所はありますから。
9月後半突然朝から頭痛があり休んでも治る様子がなく掛かりつけの病院に電話しバファリンを一度だけ服用しました。しかしほとんど効果なくあまりの痛さから嘔吐を繰り返していたため実家の近くの病院に主人に運んでもらいました。ほとんど食べる事を受け付けなくなっていたので入院することになりました。尿からケトンが大量に出ていたため脱水になっていました。朝と夜に一回ずつ500mlの点滴をしました。入院したことや実家に近いという安心感もありすぐに症状は改善し、一週間で退院できました。退院後は一ヶ月実家で過ごしその頃には頭痛もなくなりつわりの時期16週を越えていたので症状は消え今に至っています。
とにかく周りの家族につわりのつらさを理解してもらったことが私にとって不安が解消され症状が落ち着いたように思います。

なぎ☆しおママさん 03/11/08

七月に双子の女の子を出産しました。マタニティライフを楽しむ余裕どころか安定期などほとんどなかったような厳しい日々でしたが、全期通して一番つらかったなあと思うのがつわりの時期です。(出産までの2ヶ月の入院生活よりもつわりの時の7日間の入院の方がなぜかつらくかんじた)
最初の頃はムカムカから始まってある日突然に吐きました。あまりにも突然だったのではじめ食中毒かと思って病院に行ったら妊娠悪阻で即入院しました。
一日に何十回と吐いて1日で2キロも体重が減っていました。入院中も吐き気に襲われてトイレにかけこみたいのに点滴をひきずっているので途中で吐いてもいいようにいつもビニール袋をもっていたっけ。この頃って体的につらいだけでなく精神的にうつっぽくなっていて雑誌とか読む気力もなくただただぼーっと過ごしていた気がします・・・。いつかは必ず楽になる時がくるはずなのにとてもそうなる日が来るとは思えず、なんだか一生続くような気さえしました。
退院してからは仕事を少し休んで実家にもどっていましたが(当時はまだ入籍していなく結局6ヶ月まで一人暮らししてました><)ムカムカとうつうつ、唾液だらだらが5ヶ月にはいるまで続いたでしょうか。
テレビで食べ物がうつっただけものすごく気分が悪くなりました。特に某料理対決の番組なんてもってのほか。なんとなくいつもより気分がいいような時(普段はパソコンすらひらけるような状態ではなかった)パソコンをひらいてこのHPに出会いとても励まされました。私もいつか体験談を投稿して励ます側になれたらなーって思ってかきこんでみたしだいです。
食べれなくたって水分さえどうにかとっていれば大丈夫。子供はちゃんと育ってくものです。この時期はまずは自分のことを第一に考えていれば良いのだと思います。自分=子供なのだから。

のりこさん 03/11/03

今二人目を妊娠中(16週)です。
少し前にこのサイトを見つけ毎日励まされながら入院生活を過ごしています。
一人目の時も悪阻で点滴通いを何度かしてたんですが、今回は6週ぐらいからつわりが始まり8週目で体重が八キロ減り入院になりました。16週になった今でも毎日点滴3本の入院生活を送っています。
16週に入ってから吐き気止めのお薬(プリンペラン)を飲んでるのですが、食べると吐く気がして何も食べれない状態です。先生も無理して食べなくて良いとの事ですし・・。一人目の時は水分だけは飲めたのに今回は15週までは何も口に出来なかったので精神的にも肉体的にも参ってます。
二ヶ月も飲まず食わずで血管も細くなり点滴を毎日何回も刺さなくてはいけなくてなによりも今は点滴が苦痛です。上の子と離ればなれの生活も寂しいし、いつになればつわりは治まるのかわからないし(ちなみに一人目は産むまで吐いてました)毎日毎日辛い日々です。幸いな事に担当医や看護師さんにはほんと優しくしてもらえてるので何よりの励みになっています。
体験談を見て私よりもっともっと辛い経験をされてるのを読んで、自分もこれぐらいでくじけてはいけないと思いました。点滴をしながらなのであまり長くは書けないのですがこの試練を乗り越えて来年の3月かわいい我が子を抱きたいと思います。
今つわりで苦しんでおられる方耐えた後は必ずものすごい幸せがやってきます、それを励みに乗り越えましょう!

かえちゃんママ 03/10/31

もうすぐ1歳を迎える女の子を持つママです。妊娠中に何度ココを訪れたか…
私の妊娠発覚は、産院で検査を受けた6週の頃でした。その時点ではつわりも全くなく、担当の先生から『つわりはどう?』と聞かれても私には関係ないカモ…なんて軽く考えていました。
ところが、翌週には体のダルさとムカムカした吐き気に襲われるようになり1日中横になっている生活が始まってしまったのです。
初診から2週間後の検診で、3日おきのビタミン注射の通院を勧められました。しかし、症状は酷くなる一方で、9週目には妊娠悪阻で即入院となりました。毎日毎日、点滴生活…
食事が摂れるようになってきたかと思えば、起き上がる事も出来ない状態になったり…繰り返しながら、結局、4週間の入院生活でした。
テレビを見るとめまいが起きる、窓に揺れるカーテンを眺めるだけで吐き気が起きる、とにかく1日中ただ天井だけを見つめていました。ピークの時は、廊下を歩く足音、食事を運ぶ台車の音、部屋のドアノブの回る音を聞くだけで、その音が胃に響いて、オエッオエッ状態。全ての音が大嫌いでした。
さらに、喋ろうとおなかに力を入れると、その弾みで吐いてしまいそうで、喋る事すら出来ませんでした。
毎晩、会社帰りの旦那がお見舞いに訪れてくれるのに、会話も全くなく旦那の匂いが嫌で、近寄る事も拒否。本当に辛くて辛くて、何度中絶を考えた事か…でも、旦那に話す事が出来なかったんです。

退院後も点滴通院をしていましたが、自宅に戻ると悪化してしまい、結局、入退院を3度繰り返し、28週まで入院生活でした。
その後、それまでお世話になった産院でしたが、先生の入れ替わりがあったり、一部看護士の対応に不安を持った為、転院をしました。
転院先で、点滴通院を数回しましたが、丁寧で安心できる診察に心も落ち着きつわりも治まっていきました。ただ、胃のムカムカ・吐き気・ゲップは産むまで続き、出産までひたすら寝てばかりでした。
出産後も2日間は食欲不振とゲップが続き、このまま治まらなかったら…と、心配にもなりましたが、退院前には気分スッキリ!!我が子の可愛さに、あの時、中絶しなくて良かったと、心から思えます。
もう1人欲しいけど…あのつわりを思い出すと…恐怖です。
みなさん、出産までの辛抱です。カワイイ赤ちゃんと一緒に乗り越えて下さいね。

みなさん 03/10/24

現在24週に入ったばかりの初産婦です。
私のつわりは妊娠発覚(5週)ころから始まりました。
最初はだんだん食欲がなくなり、おかしいなぁと思っていたときに妊娠がわかったのです。6週のときに切迫流産で絶対安静になり、旦那は夜勤がある人なので実家にお世話になることになりました。このときはまだ食欲がないだけで、このままつわりは軽いのかなぁなんて思ってました。でも、甘かった…
だんだん寝てても気分が悪い日が多くなり、絶対安静は解けたのですが、とにかくつねに吐きそうで起き上がれなくなってきました。実際吐くことはなかったのですが、吐きそうな状態がずっと続き、食べ物は口に入れようとするとうえっとなり何も食べられず、飲み物、水も同じで、どんどん体重が減っていきました。
ピークは8〜9週。このときは自分はもちろん家族が歯ブラシを口に入れているのを見るだけでもダメ!洗面所の水が流れる音もダメ!うえっときてもなにもおなかに入れていないので出るものもなく、耳をふさぎ、目をつぶって泣きながら耐えました。結局6`痩せて、喋れないほどやつれた私を家族が見かねて病院に連れて行き、重症妊娠悪阻と診断されて点滴をうちました。ケトンが+4も出ていて脱水症状もありました。
私のまわりには母をはじめつわり経験者がほとんどなく、つわりは普通はこんなもんだと思っていたのと、もともと我慢をしてしまう性格だったため、かなりつらい思いをしてしまいました。私は点滴が効き、うった日は調子もそこそこ良かったのですが、あまりもたず結局3〜4日おきに3週間通いました。
12週になり、おかゆを少しだけ食べられるようになったので自宅に帰りました。つわりも終わるかなと思ったらまた食べられなくなり13週で今度は入院(T-T)9日間でした。
16週で食べてもうえっとこなくなり、19週で突然元通りの食欲になり、つわりは終わりました。
本当につわりって人それぞれですね。私は「吐かなかったね」と言われたけど同じような症状でとにかくつらかったです。「気の持ちよう」という話も聞きますが、私は実家にいて、愛犬もいて、旦那にも助けてもらってストレスをためないようにしていたのにこれです。このつらさはそんなもんじゃないですよね。
私は初めて赤ちゃんの手足が見えたときの超音波写真を枕もとに置いて頑張りました。
今つわりで苦しんでいるみなさん、決して無理はしないでください。つらいときは病院!
そして、赤ちゃんは本当に元気に育ちます。不思議なくらい。ママである自分の身体を大切にしてくださいね。

えっぴーさん 03/10/20

今日初めてここのHPを見つけて投稿させてもらいます。私は現在初めての妊娠17週ママです。
ここのつわり体験談を読ませてもらい、いろいろ思い出しました。医者や看護婦の無神経な発言が多いことに驚き、また「こんな思いをしてるのは私だけじゃなかった」と勇気づけられました。
7月中旬、妊娠発覚してからすぐつわりが始まりました。最初はムカムカするだけなのが、そのうち日に2〜3度吐くようになり、果物だけしか食べられなくなりました。そして吐く回数がどんどん増え、何も食べられなくなり唯一飲んでいたスポーツドリンクも受け付けなくなりました。買い物にもいけず、料理の時はマスクをし、水道水の匂いさえ気になるようになりました。
吐くものがなく、胃液を吐き、血を吐きながら長い一日を過ごしました。鼻や唇は胃液でただれて見るも無残なすがたでした。体重はもともと痩せ気味なのが5キロほど減りました。
たまたま週末実家へ帰っていたとき、明け方4時ごろから7時ごろまで15分おきに胃液と血が混じった物を吐き、朝1で病院へ。点滴を打って貰いましたが、その間も袋を持ち何度も吐きました。しばらく通院で点滴しにくるように言われました。しかし、帰ってからも10分おきくらいに吐くのが止まらず、次の日こちらからお願いして入院させて貰う事に。
その間、医者は「つわりは病気じゃないから」「精神的なもの」を連呼し、看護婦は「つわりになるのはあなたが母親にべったりの人か、赤ちゃんができたことを望んでないからじゃないの?」と言われました。その時胃が痛かった私は、怒る気力もなく、深いため息をつくと「なんなの?そのためいきは?」と追い討ちをかけるように言われました。今思い出すとほんとに・・!!
 結局、数日たって気持ち悪いだけでなく、胃が痛いのはおかしい、ということで他院で胃カメラを飲みました。逆流性食道炎になっていて、胃からも出血していました。1週間の絶食、その間起きている間はずっと点滴をしてもらいました。10日間の入院でした。
 今はだいぶ食べられるようになり、あのときの辛さもまだ1ヶ月も経ってないのに遠い日のようです。
 
 今苦しんでおられる方、本当にがんばって欲しいと思います。この辛さは味わったものでないと絶対にわからない!!でも、ここにはたくさんの方がメールを寄せられています。ほんとに今日ここにこれてよかったな、と思っています。

レナさん 03/10/07

4歳になった息子の妊娠を病院で確認したとたんに吐きつわりが始まりました。
横になっても起きていても、どんなことをしていても胃があがるのを止められなくなり、最終的に家中に小さな「水爆弾」だらけ状態でそのまま入院しました。
私の場合は喉の調子がすごく悪くなり、寝ている間咳が止まらなくなり、その状態が起きている間も続き、最終的には咳をするたびに吐いていました。つわりが続く間咳が止まることもありませんでした。
悪性悪阻で入院になったのはケトンが出たからです。約二週間で退院しました。
入院中は1日中点滴をするだけで特別やることもないのですが、その間は吐き気もなく快適でした。最終的にはプラス5キロで出産し、子どもは3044グラムもあり驚きました。
今は二人目を妊娠中ですが、最初の子と違うような感じはします。(まだ二ヶ月だからわからないですが)つわりで感じたことなのですが、つわりの酷い時は一人でいることが多かったと思います。今は仕事をしているので気を張っているますし、人と一緒ですから、つわりはありますが、一人目よりは軽いのかなという感じがしています。今一番辛いのは通勤時間です。長くバスに乗っているのであの揺れで「グェ」となってしまいます。今はガムでしのいでいます。あとは香水の匂いや、整髪料の香りです。
ツワリ車両とかツワリバスとか作ってほしいです。

あやのさん 03/09/16

今妊娠7ヶ月(25週目)です。私は2ヶ月のとき、妊娠検査薬で陽性がでてすぐつわりがはじまり、水も受けつけなくなり妊娠悪阻で入院しました。4日間の絶食と点滴生活。今まで生きてきた中で一番つらい経験でした。
寝ても覚めても気持ち悪い。自分が望んで妊娠したのですが、あまりのつらさに「もうおろしてしまいたい」とか「楽になりたい」とか何度も思いました。
でも元気に育っている我が子を見るといつの間にか笑顔になっている自分がいました。先の見えない地獄のような日々、周りの人の助けと励ましでなんとか乗り切っていました。
少しずつ食べられるようになった矢先、また急に食べ物を受け付けなくなり4ヶ月のとき2度目の入院。しかも今回は前回よりひどく、吐いて吐いて吐きまくりました。主人は仕事がら出張が多く2度目に入院の日から10日間一度も会えませんでした。「どうして私だけこんなつらい思いをしなくちゃいけないの?」涙が止まりませんでした。
あまりのつらさに「吐き気止めをください」と看護婦さんにお願いした事もありました。結局2度目の入院14日間しました。退院してからも毎日点滴に通い、つわりがおさまってきたのは6ヶ月のとき。7ヶ月になった現在もたまに吐き気がしたりしますが、一番ひどかった頃に比べるとほんとに元気になりました。
最近ではつわりのときはなかなか動けなかったので最近動き回れる事がうれしくてたまりません。歩きすぎて主人に注意されるほどです。今つわりで悩まれてる方にしたらほんとに地獄のような日々だと思います。周りの人にはなかなか理解してもらえずつらいと思いますが、気力で頑張ってください。このつらいつわりを乗り越えれば、かわいい赤ちゃんの顔を見ることができるんですから。
私もあと3ヶ月、妊婦生活を楽しみながら過ごしたいと思います。

Keikoさん 03/09/10

今妊娠8ヶ月です。妊娠3ヶ月〜5ヶ月までは、ツワリが辛くて辛くて、皆さんの投稿を読んで励まされ、涙したこともありました。
ツワリがひどくなったと感じたのは、ある病院で、赤ちゃんの心音が聞こえないと言われてからでした。「おかしな時期に妊娠してる!」「来週も心音が聞こえなければもうダメだから・・・」などと言われ、確かに私の生理は不規則だったけど、おなしな時期って、妊娠するのにおかしな時期もなにもあるかー!って思いながら、ダメだったらどうしようと毎日泣いてばかりいて、物が食べれなくなり始めました。
次の週、同じ病院に行くのは怖くて、結局、別の病院で検査をしてもらい、正常だということを確認できました。
精神的には落ち着いたはずでしたが、胃がムカムカというより痛くなり、お腹は空いているのですが、何も食べれないし、気持ち悪いし、横になっていても起きていても1日中、体がダルイ日が続きました。
トイレで吐くのですが、吐くものがなくて、黄色い胃液や白い泡のようなものを吐いて、歯茎からの出血なのか、吐きすぎでどこかがただれてしまったのか、血が混じることもありました。
病院の先生には、辛い時には点滴を打ちに来るようにと言われ、通院したところ、検尿の結果、脱水症状になっていたらしく、入院することになりました。あの時は立っていることができなかったです。
結局、2週間程入院しました。
妊娠5ヶ月に入った頃から、少しずつツワリが楽になってはきたものの、(胃が痛くなくなってきた)そんな中でも一気に気持ち悪くなることがあり、この時ばかりは、まだ続くのか〜と、神様や亡くなったお婆ちゃんに助けて下さい!と心の中で叫んでいたこともありました。(笑)
それからは少しずつ少しずつ、気持ち悪さは治まってきたものの、体力がなくて、スーパーの買い物は一周できなかったです。食後、口の中が気持ち悪い時や、胃がムカムカする時は、クロレッツXPをいつも噛んでいましたよ。
妊娠7ヶ月頃から、体力も回復し、1人で買い物に行けれるようになりました。
今(妊娠8ヶ月)では時々、お腹一杯に食べた時や、朝、歯を磨いたときに吐いてしまい、ダルくなることもありますが、あの妊娠3ヶ月や4ヶ月の頃と比べたら、楽なものです。
今、ツワリで苦しんでいる方、今はとっても辛いと思いますが、日に日に少しずつ楽になってくるはずです。頑張って下さい。

なお♪さん03/09/09

三人の子供を持つママです。妊娠中はココに来て「私だけじゃない!」と励まされたものです。
一番下も半年になり、やっと投稿できる状態になりました(〃'∇'〃)ゝ

私は三回とも世間から「ひどい!」と言われるツワリだったようです(笑)スイミングなど楽しみたかったのですが、ほとんど引きこもり妊婦状態で、上二人の時は‘吐きツワリ’…三人目の妊娠は+ヨダレを経験しました。楽になった日は一度もありませんでした…(-_-;)
水も飲めず入院したこともあります。周りにも頼る人が居らず、長男には辛い思いをさせたこともあります。出掛けないといけない時は、ヨダレ専用タオル、いつでも吐けるようにビニール、レモンの輪切り・・・などなど必需品を持っていました(笑)

でも、あまりにもヒドク、何度も何度もめげそうになって「おろそうか・・・」と思ってしまうこともあり、おろすと一生後悔するだろうな・・・と思うと今度は「私も・・・」と考えるほどマイナス思考になった時もありました。取り残されてる・・・と焦る時もありました。
でも新しい命を授かり、おめでたいことなのに、気持ちがマイナスにマイナスにいく事がある日は、ベビー服やグッズ売り場に出かけました。小さな靴下やコットン素材のものを見て「産まれて来たらこれを着せよう!」と励みにしながら、癒されながら、泣きながら、ツバを拭きながら出産まで辛抱してきたように思います。でも!妊娠期を辛抱して、三人のママになれて本当に幸せです!
私にとって「つわり」は家族の絆が深まるイベントみたいなものです。回を重ねるごとにパパは家庭に目を向けてくれ、家事全般こなせるようになりました。子供たちもしっかり者に成長してくれ、今では良い思い出です。命がけですけどね!(笑)人間、一年や二年なんて、あっという間です。辛抱して、忍耐忍耐の日々でしたが、人より深い人生を歩めてる気がしています。

純さん 03/09/01

皆さん色んな思いを抱えながらつわりを乗り切っておられるのですね!
私は現在5歳と1歳になる子供を持つ母です。それぞれの妊娠中に悪阻は訪れました。
臭覚が敏感になり冷蔵庫を主人が開けただけでもウッとくるくらい。2回目の妊娠では水分以外のものが全く取れない時期が2ヶ月あり15キロ体重が↓してしましました。
当然、点滴による加療を要しましたが1日4本(2000ml)の持続点滴でした。点滴をしてもケトンが3+が普通で低栄養状態からフラツキや眩暈、耳鳴り、頭痛も。連続して起こる嘔吐により嘔吐物は胃液に血の混じった物。
1回目の妊娠でも同じような思いをしながら6ヶ月まで過ごしたのですが、2回目は8ヶ月になっても1日に1回は嘔吐しちゃう感じでした。こんな状態だったので体力に自信がなく「本当に産めるかなぁ」と度々心配にもなりました。
2ヶ月水分しか取れなくても赤ちゃんは元気に産まれて来てくれました。体力のなさは「これで妊娠にもバイバイだ!あれだけ苦しくて長かったつわりを経験したんだから産むのなんて楽勝だ!」と自分に言い聞かせて!
実は今回このサイトに行き着いたのは3人目を考えての事です。つわりだけが気掛かりでよくよく考えたいと。でも…こうしてつわりを経験しながらも子供に恵まれママをしている自分をとっても幸せに思います。

あきらさん 03/07/31

私は今2回目の妊娠をして16週目に入ったところです。前回も今回もつわりで大変な思いをしたので何かの参考になれば、と思い体験談を書きます。
1回目の妊娠は去年でした。妊娠がわかった4週目頃から味覚が変わったのですが、6週目ごろから食べ物の匂いがだめになり、7週目に入ると食べ物、飲み物すべてがだめになり、気持ち悪くて起き上がれなくなってしまいました。気持ち悪いけれど、吐くことすらできないほど衰弱していました。
そのころ妊婦検診があり一人で病院に行ったのですが、気持ち悪くて待合室で何度も倒れそうになりました。お医者さんにも「気持ち悪くて何も口に入らず、起きていることもできません」と言っても「何か飲めるもの探して」と言うだけで何もしてくれませんでした。
主人には「そんな寝込まないとだめなくらい気持ち悪いの?」と非難され体も心もずたずたでした。検診に行った次の日から出血が始まり、つわりでしんどい中どうにか動けるときを見計らって一人で病院に行ったのですが、診察の結果「稽留流産(8週目)」と診断されました。
お医者さんには「10日から2週間前には胎児は亡くなっていた」といわれ、かなりショックを受けました。よく「つわりがあるのは、赤ちゃんが元気な証拠」と言いますが、私がつわりで苦しんでいるときにはもうすでに赤ちゃんは亡くなっていたのだから。
2回目は今年の5月です。妊娠がわかったのは6週目ですが、実はその前の週から食欲がなくほとんど食べていませんでした。ちょうどそのとき風邪をひいていて咳がひどくそのために食べられないのだと思っていました。妊娠がわかったあと、咳とつわりで食べられない、食べてもすぐ吐く、味覚が変わって水分がまったくとれない状態になり、起き上がれない状態になってしまいました。
去年のこともあって、病院に連絡して点滴を受けることになりました。しかし点滴を受けてもよくならず、ケトン体の値は4+だったため「重症妊娠悪阻」ということで入院しました。
入院して2日絶食してその後は普通の食事になりましたが、食べ物、飲み物すべて受け付けず、点滴だけで過ごしていました。入院して1週間後少しよくなったのですが、その後つわりがピークになり点滴をしても気分はよくならず、トイレに行くのも大変でした。
入院後3週間経って少し食べられるようになり、検査結果もよくなったことから、1ヶ月入院した後に退院しました。退院後は実家に帰り、静かに過ごしています。退院して3週間くらいは吐いたり、検診に行っても待合室で倒れそうになったりしていました。まだにおいや食べ物の偏りがあったり水分があまりとれない、ちょっと無理をすると気分が悪くなるのですが、だいぶよくなりました。
「つわりは気の持ちよう」とか「つわりがあるのは赤ちゃんが元気な証拠」などと、世間では「つわり」に対してあまり理解されていないんじゃないかと私個人は思っています。確かに「(重症)妊娠悪阻」で入院するケースは少ないかもしれませんが、つわりがひどくてつらい決断をしなくてはならなかった人、周りの人やお医者さんからの心無い言葉で傷ついている人がいることを知ってほしいと思っています。

みるままさん 03/07/29

11歳,5歳,4ヶ月女の子のママです。
三人とも,つわりはひどかったです。私,結構太っているんですが,毎回20kgくらい,痩せてしまうんです。
それでも,一人目,二人目は 通院での点滴治療で 何とかなっていました。出産間際まで,吐いていました。

ところが,三人目が出来たとたん,今までとは違った激しいつわりが始まったのです。
妊娠の分かった去年の夏は,とても暑い日が続き・・・夏バテもあったと思います。水を飲んでは,吐き,何も口にしなくても吐く・・・1ヶ月で,15kg体重が落ちました。
フラフラで,歩くことも出来ませんでしたが,私の通っていた病院では 「通院にて点滴治療を行っていきましょう」とのことでした。毎日病院に通い・・・一日2本の点滴を打つ。
幸い我が家は 自営業をしていましたので,送り迎えは,パパにしてもらいました。でも、一向に良くなっているとは,思えませんでした。ケトンも、かなりの値出ていましたし。
あるとき,その病院の女の先生に「つわりなんて,甘えているからひどくなるんだ」「四ヶ月過ぎたら,つわりがなくなるはずなのに」と言われ,自分が否定された気分になりました。(二度とその先生には,診察して貰いませんでしたが)

あまりにも 良くならないし,血まで吐くようになったので、5ヵ月半くらいの頃、パパが別の総合病院に連れて行ってくれました。そこの看護婦さんは,問診のときに「今までよく我慢したね、すぐに先生に見てもらえるようにするから」と言ってくれて,順番を飛ばしてまで見てもらいました。 妊娠前から25kg,体重が落ちていました。
先生に見て貰ったら 「即入院」。
すぐに点滴が始まり,ケトンも最悪とのこと。「前の病院では,なぜ入院治療をしなかったんでしょう?」と 先生が言うほどでした。入院して,毎日点滴が4本。体力も落ちていたので,寝てばかりいましたが,私の辛い気持ちを分かってもらえたので,ほっとしました。
結局 11日の入院。まだ,吐いてばかりいたけど,少しずつ,食べることも出来るようになりました。
出産までに27sほど 痩せましたが,無事出産。痩せたおかげで超安産でした(笑)

今思えば,本当に辛かった毎日でした。ずっとトイレにこもりっ放しで,まっすぐに歩けなかったし。だからこそ,無事に 赤ちゃんの顔を見れたときは,本当に嬉しかった。

毎日,嫌な顔もせず 病院に送ってくれたパパ, 辛いときにはご飯の支度をパパとしてくれた上の娘, 寂しかったろうに,私のことを気遣ってくれて ‘円形脱毛‘になってしまった二番目の娘に,本当に,ありがとうと言いたい。
ひどいつわりで 一時は「子供をあきらめたほうが・・・」と言われながらも、頑張ってきたかいがありました。人間って,結構強く出来ていると思います。
「終わらないつわりはない」と 思ったし,4ヶ月経った今,つわりのひどさなんて忘れてしまいました。あんなに,辛くて,「こんなにひどい目にあって、絶対忘れない!!」と、思ったけど,今起こっている 歯の痛みのほうが辛いなんて,感じているくらいだから。
(実際は,つわりのほうが何十倍も辛いですよ)

つわりで苦しんでいる皆さん,あと少しの辛抱です。つわりを経験した,私が言うんです,頑張らなくてもいいから・・・泣き言を言ったって いいじゃありませんか。時には,病院を変えたりして,出産を楽しみましょう。娘が大きくなったら 「あなたがお腹に居るときは,本当に苦労したのよ」 と、言ってあげるつもりです。
いつか,あの時は辛かったね,私,頑張ったよね,と 言えるように 皆さんの無事な出産をお祈りします。 

まっつんさん 03/07/25

現在妊娠7ヶ月の初妊婦です。私もつわりは辛かったです。吐きつわりで苦しみました。
妊娠発覚してからすぐはじまりピークは7週から14週でした。何を食べても吐く毎日でした。私はフルタイムで仕事をしていました。周囲の方はとてもいい人ばかりで仕事が続けられたのも皆さんのおかげだと思います。
朝は結構調子がよかったのですが、夕方から夜にかけては具合が悪くなり食べたものは全部吐いてました。唯一食べれたものはトマト・おかゆ・スイカでした。とにかくトマトは美味しく感じました。
しかし、食後お風呂に入ると湯気で気分が悪くなり食べたものを全部吐くといった感じです。だから、お風呂場には常に買物袋持参で入ってました。あと、寝る前になるとまたムカムカッときて泣きながら吐いてました。ほんと毎日泣いては吐きの繰り返しでした。主人は私のそういう姿を見ても何も言いませんでした。
その時は「私の気持ちも知らないで!」と枕を投げて爆発したことが一度だけありました。その時主人は「リラックス、リラックス」と言うだけでその他は何もいいませんでした。
妊娠悪阻と診断されて一度だけ点滴を打たされました。妊娠5ヶ月に入る頃になると毎日少しずつではありましたが、吐く回数も少なくなり6ヶ月に入ると吐くこともなくなりました。つわりが終わった今思うと主人の対応が私にとってこの上ないやさしさだったと痛感いたします。つわりは終わりましたがつわりと同時に始まっていた唾液と痰。これにはず〜っと悩まされてました。しかし、最近になって少しずつ軽くなってるような気がします。お出掛けのときは常にビニール袋を持参しないといけなかったのですが、最近ではビニール袋いらずです。とにかく私もこのサイトを毎日見てはいつかは終わると思って毎日毎日過ごしてました。今は妊婦の青春期。今元気よく動くお腹の子を思うとあのつわりの辛さはふっとびます。皆さん、出口はすぐそこです。無理をしないでとにかく時間がたつのを待ちましょう。出口が見えれば楽しいマタニティライフが待ってます!

かずさん 03/06/18

2月に初めて出産しました。今は4ヶ月になるかわいい我が子と毎日楽しく、でも忙しく暮らしてます。

私は昨年6月に妊娠がわかってすぐ、つわりになりその後産むまで気持ち悪い毎日でした。
特に7,8,9月は暑さもあってか何を食べても何を飲んでも吐きました。お風呂に入るのも大変で、新婚だったにもかかわらず、だんなには汚い姿をみられるし、部屋は汚いし、ご飯も作れないのでだんなにコンビにで買ってきてもらったり・・・。ほんとに苦しかった。
 そして、9月には2週間くらい妊娠悪阻で入院点滴生活。血管が細く点滴もなかなか入らずとても痛い思いをしました。仕事も休職し今年5月まで実家で過ごしました。(出産後も胆石の手術をしたため)だんなも自分の実家に帰ったため別居状態。体よりも心がへとへと。何度泣いたことか。それでも次第に吐く回数が減り臨月のころは1日1、2回くらいにおさまりました。毎日気持ち悪いのでほとんどどこにも出れずほんとに辛かった。妊婦用の下着を買いに行くにも出産準備するにも気持ち悪く、連れて行ってもらい行く途中の道で吐き、店のトイレで吐き・・。
こんな生活を支えてくれた、だんなさま・両方の両親・理解ある仕事仲間に感謝の毎日です。
そして、やはり我が子はかわいいです。陣痛はかなり痛いけど長く続きません。つわりはかなり長いです。でも終わりがありました。二人目がほしいのですが、つわりの恐ろしさを考えると無理そうです。

余談ですが私の場合5ヶ月ころ激しい腹痛で胃が痛むと思っていたのですが検査で胆石と判明。
個人病院から総合病院へかわりました。妊娠中発作が何度も起こりかなり心配でしたし痛かった。出産1ヵ月後子供を預け手術しました。それで順調に出ていた母乳があがってしまいました。妊娠中吐きすぎて胃液胆汁をたくさん吐き水分もあまり取れないため胆汁が濃くなり胆石ができることもある?そうです。

最後にここの体験談や掲示板を見て何度も泣きそして助けられました。(ピーク時はパソコンを開く元気はなかったけど)ありがとうございました。そして今つわりの人、赤ちゃんとともにがんばってね。

ひろがむさん 03/05/29

今回が2人目、現在妊娠7ヶ月です。上の息子はもう小学校三年生なので、9年ぶりの妊娠という事になります。1人目の時もつわりはひどいほうで1日に10〜20回吐く生活が約4ヶ月続き「もう妊娠は嫌!」と思っていたので、妊娠がわかった時は戸惑いました。正直、子供は一人で十分と思っていましたし・・・。けれどもせっかく授かった命だし、と頑張る事に。
 つわりが始まったのは、6週目に入った頃からでした。まず匂いがダメになり、喉に常にたんがからんでいるような感覚でつばも飲み込めなくなりました。とにかく体がだるくて何もできず、実家に住んでいることもあって一日中誰とも口をきかず寝て過ごしていました。「どうして食べなくちゃいけないんだろう?」と思うほど食べる事が辛く、毎晩ひとりトイレで吐きながら泣いていました。けれども長男の時よりも吐く回数が少なかったので、今回は少し楽なのかも・・・と期待していたのですが、甘かったようです。
 10週に入った頃風邪をひき、喉が痛くて更によだれづわりがひどくなりました。連動して吐く回数も多くなり、一週間に4キロ体重が落ちました。食事の直後トイレで吐いている私の背中をさすりながら実母が、「もう十分頑張ったから今回は諦めない?」と言ってくれた時は嬉しくてわんわん泣きました。その頃はもう本当に精神的にダメになっていて、正直赤ちゃんのことなんてどうでもよくて、一日中中絶する事ばかり考えていましたから・・・。
翌日、母に連れられて病院に行きました。中絶したい旨を伝えたところ先生が「せっかくここまで頑張ったのだから、もう少し一緒に頑張ろう」と言ってくれ、ケトン体が出ていたこともありそのまま入院する事になりました。4日間絶食して24時間点滴をしました。入院した安心感もあってか、吐く回数は激減しました。先生も看護婦さんも優しくて、ずっと入院していたいと思ったほどです。入院中低血圧からくるめまいや風邪による発熱、原因不明の動悸などに襲われましたが三週間で退院しました。
結局吐きづわりは20週まで、よだれづわりは22週まで続きましたが、退院してからの約二ヶ月は、相変わらず寝たきり生活ながらも入院前の一ヶ月半とは比べ物にならないくらい楽に過ごせたように思います。
 今回の妊娠ではつわりに伴う精神的落胆が、とにかく一番辛かったです。屍のように一日中寝たきりで過ごす自分に何の価値も見出せず、死んだほうがほうがマシだと思ったり、一生つわりの辛さがわからない主人を恨みがましく思ったり・・・。出産まで意識不明になりたい、とつわりの時期は真剣に考えていました。今回が初めての妊娠ではないのでもちろん終わりが来ることはわかっているのに、一生このまま人間とは思えない生活を強いられるのではないかと不安になったりしました。そのたびにまた「死んだほうがマシ」と思い、ひとりで泣いたりしていたのはつい最近までです。あれがいわゆるマタニティーブルーだったのかなあと今は思いますが、あの頃は本当に辛くて辛くて後ろ向きなほうにしか物事が考えられませんでしたね。
 現在は胃のむかつきもすっかりなくなり今度は妊娠中毒症を危惧し、増進する食欲をいかに抑えるか、激増する体重をいかにセーブするかという問題に毎日頭を抱える日々です。今現在つわりに苦しんでおられる方、「頑張れ」とは言いません。もう十分頑張っておられるはずですものね。一日一日時間の流れが異常に長く感じたりするとは思いますが、ただやり過ごしていくだけでいいのでは?と私は思います。


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