夢見る狼

の、ために流川が努力する話であって、花道は全然出てきませんが(^^;。

by 宮沢さとり

 小さすぎる穴に、棒を突っ込む。……ここまではいいのだ。問題はこの先。
 向こう側の糸を棒に引っ掛け、慎重にその棒をすーっと引き抜く。
 するっ。引っ掛けた糸が外れ、棒は虚しく一人身でこちら側に戻ってくることとなった。
「先輩」
 流川は両手に持った棒と膝の上に置いた毛糸を見つめながら、机の向かいに座る人に話しかけた。
「だめっす」
 真剣にそう言われて、彩子はため息をついた。

 去年の初夏以降、彩子は流川という名の後輩兼親戚に、色々と相談を持ち掛けられることが多い。今回もその一つだが、今度のはまたかなりの無理難題だった。マフラーの編み方を教えろ、と言うのである。
 かろうじて作り目だけは終えたが、その先が一向に進まない。編み棒を目に入れて毛糸をその棒に引っかけてこちらがわに持ってくる。その作業に失敗すること、既に二十回。マフラーは一目たりと進んでいなかった……。

「引っ掛けてこっちに持ってくるだけじゃない?どうしてそんなことができないの?」
「……こんなまっすぐで滑りのいい棒に、引っ掛かる筈がねー……」
 筈がねえ、と言われても、事実世の中にはそのまっすぐな棒に糸を引っ掛けて編み物をしている人がいるわけで。勿論、彩子だってちゃんと棒編みが出来る。
 けれどもこの後輩が、バスケットボールを持つ時以外、人並みはずれて不器用なのもまた事実である。
 なのに何故また編み物などしようと思いついたのか……。
 理由はイヤという程知っているし、応援もしているのだが、あまりの流川の不器用ぶりに彩子はさじを投げたくなっていた。

 不器用このうえのない流川が、何故編み物などということに無謀にも挑戦しようとしたか。それには一人の男の存在がある。
 その男は名前を桜木花道と言い、流川の許婚である。男同士ではあるが、そうなのである。花道も流川もちょっと特殊な一族の一員で、満月には花道は狼男になり、流川は女になるのだ。したがってこの二人が許婚なのは、一族の中では何ら不思議のないことであった。
 もっとも、いっぱん社会の中ではとても不思議のあることなので、一応対外的にはそれは秘密である。校内で知っているのは、一族の一員であり、彼らのお目付け役でもある、水戸洋平と彩子位のものである。
 そうして。流川は自分の許婚にぞっこん惚れきっていた。そのため、花道が他の奴に見向きなどしないよう、花道が思い描いている「女の子」や「お付き合い」に対しての夢は、全部自分が叶える、と心に決めていたのであった。
 そして数日前のこと。花道のお目付け役で、幼なじみでもある水戸洋平が流川に言った。
「花道のやつ、彼女に手編みのマフラーをもらうのが夢だったんだよな」
 ……その一言で流川は毛糸と格闘することとなったのだ。

(水戸洋平も……面白がって色々やってくれるわよね……)
 勿論編み物などしたことのある筈がない流川は、いつものごとく自分のお目付け役である彩子に頼った。「マフラーの作り方を教えてほしー」と。
 訊くまでもなく、花道の夢であろうということと、洋平の入れ知恵だろうとわかってしまった彩子である。
 洋平はどうも流川のこの健気な決意を面白がっているフシがある。何かにつけて「花道の奴、○○が夢だったんだよな」と流川に囁くのである。
 勿論、普段は彩子も面白がる。そうして、流川にセーラー服を着せたりとか、色々協力してきたし……、実際今回だって「マフラーの作り方を教えてほしー」と言われたまでは、面白がっていた。
 ……まさか、こんなに不器用だとは思わなかったのである……。ともかく、糸がこっちがわにこなくては、編み物は続かないのだ。二段目以降は全然出来上がらない。
 頭を抱える彩子に、
「先輩……」
と、流川はほとほと困り果てた目を向けた。
 流川にしても、どうしても編みたいのだ。桜木花道が欲しいというなら、ほかの誰でもなく、自分が編んでやりたかった。
 しかし……この糸がこの棒に引っ掛かってこちらがわに来ると言われても、にわかには信じがたい、というか、どうにもそうはできない。
 頼れるのはこの先輩だけだ。流川は「どうにかしてくれ」と頼りになる先輩を見上げた。

 頼られているのを無碍にできるような彩子ではない。何とか手はないものか……と思案する彩子に、天啓があった。
「あれよ!」
 どんな不器用者でも出来るという、近頃流行の編み物があるではないか!
 彩子は流川を連れて本屋に駆け込み、広瀬先生の指編みの本を買わせた。
 かくして、棒針は御役御免となり、流川は自らの指をもって、マフラーを編み編み編むこととなった。

 そうしてバレンタインデーの早朝に、めでたく桜木花道の首に、多少いびつではあるが、ちゃんと形になっているマフラーがかけられた。
 花道は感動し、喜ぶ花道を見て流川もご機嫌であった。いかにも手作りなマフラーが、今日のバレンタインデーに、花道にチョコを渡そうと思っている奴らへの牽制になることを、流川はちゃんとわかっていたのである。

 その裏で、彩子は洋平に文句を言っていた。
「今回は本当に大変だったんだから……!花道の夢をバラすのも、あの子の能力を考えてしてやってちょうだい!」
「一応、考えてんすけどね。彼女の手作りのお弁当、って夢とかバラしてないし」
「……それは是非やめておいて。桜木花道、お腹こわすわ、きっと……」
 しかし。情報と指導の礼に、洋平と彩子を探していた流川は、その会話をしっかり耳にはさんでしまった。
 そうして翌日、早速彩子に言った。
「弁当の作り方を教えてほしー」
 ……彩子が頭を抱えたのは言うまでもない。

[コメント]

  初出:01年03月04日配布ペーパー

『月夜じゃなくても』の設定において、流川がこのように頑張る話は色々と思い浮かびます。(^^;。特に某・健気な楓さん好きなMさんとお話していると、溢れるように思い浮かびます(笑)。実際、月夜の流川なら、Mさんご希望の「三つ指ついてお出迎え」なんてのも、不可能じゃないよなあ、と思ったりして。花道さえそれを夢見ていれば(^m^)。
そういうわけで元から抱え持っていたネタの一つではありましたが、本にするほどの長さじゃないよなあ、と思っていました。
が、せっかくの花流オンリーに、新刊が何もなかったので寂しく思い、前日にちょこまかと書いてみました。
今回掲載のものは、それより一行だけ増えています。(広瀬先生の名を出すかどうするか、ペーパー時には悩んでいたのでした。それで「指編み」とも書き忘れたので、今回はそれをいれてあります)