つわりで苦しんでいるすべての人を
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現在二人目妊娠中です。 一人目ほどではないですが今回も悪阻が辛いです。 このサイトで辛い思いをしてる人がいっぱいいて自分だけじゃないとはげまされたので、私も投稿することにしました。
一人目は妊娠がわかった直後からつわりの症状があり気持ち悪く偏食や匂いにも敏感になり五週目から吐いて食べるのも水分も採れなくなり一度病院に行きましたが胎嚢が確認できただけで赤ちゃんが見えず帰されました。 その後も絶食と水分も採れず飲んでも吐き続けて6週1日にフラフラして意識が朦朧としながら再度病院に行きました。 医師からは「何が辛いんですか?」「どうしたいんですか?」と怒鳴られるように聞かれ泣きそうになりました。 結果、ケトン体4+で即入院となり車イスで病室まで運ばれました。 胎嚢の中に赤ちゃんが見えて心拍の確認ができた頃です。 それから60日間入院し続けました。 24時間点滴で一回さした針が上手く持てば1週間さしっぱなしで持ちましたが三日で点滴が漏れてさしなおしになったり腕がアザだらけ血だらけだったけどそんな事は気にならなかった。
出産して3年近くたっても点滴の傷跡は腕にたくさん残っています。 お腹の子が元気に育ってくれればいいと思って長くても出産までなら耐えられると思ってひたすら1日1日を過ごしていました。 2本の点滴が8時間でなくなるので1日6本の点滴を入院中ずっと打っていました。(1本500ミリ) 吐き気止めの点滴もありましたが一切効果はなくてずっと気持ち悪く吐いてました。
2ヶ月の入院で10キロ痩せました。 ずっと寝たきりで足も細くなりました。 退院する1週間前から少しずつ食べれるようになって退院しましたが、体力が落ちてて家まで歩くのがしんどくで息切れ動悸でしばらくは自宅安静でした。 少しずつ悪阻がなくなっていきましたが、産後まで玉ねぎは匂いがダメでした。 一生玉ねぎは食べれないと思っていましたが産後しぼらくしたら食べれたので出産まで多少は悪阻があったのだと思います。
出産は帝王切開でしたが翌日から歩いて看護師さんには「痛みに強いですね」と驚かれ母子同室もしてさらに驚かれました。 出産は全然大したことなかったです。 悪阻は本当に辛かった。 今思うと病院に入院なんて怖いししたくないけど、あの時は入院してた方が体が楽だったし、それどころじゃなかった。 もう妊娠は懲り懲りと思っていましたが、子供が可愛くて兄弟がいたほうがいいよねって思って3年近く空きましたが二人目は悪阻が軽いかもしれないと思って今二人目妊娠中です。
一人目よりは少し持ちましたが8週に入ったら一気に食べれず飲めずで、両親に泣きつき実家でお世話になって子供を見てもらっています。 両親にはとても感謝しています。 またケトンが出てて入院をすすめられましたが寝かしつけが私じゃないと出来ないので毎日通院で点滴打ってます。 今も毎日10回は吐いてて血も胃酸も胆汁も吐いてるけど数週間乗りきればピークは終わると思って時が過ぎるのを待っています。 二人目は今のところ9週で5キロ減です。 なので一人目よりは辛くないです。 吐き気止めの飲み薬を今回初めてもらって飲んでみましたが吐き気はおさまりません。 なのに胃酸が出て来ません。 胃酸を抑える薬なのかな?ずっとオエオエするのに何も出て来ないので余計に辛くて、もう飲むのを止めようと思います。 長くても出産までと思って周りの人に迷惑掛けるけど甘えて元気な赤ちゃん産めるように悪阻が終わるのを静かに待ちます。
生理が一週間遅れていたので検査薬をしてみたら陽性でした。 そこから妊娠したことを意識したせいか、急に下痢や嘔吐のつわり症状が出ました。 産婦人科に行ったら、5週とのことでしたが、5週ですでに毎日嘔吐。最初の3日は点滴に通いましたが、起き上がるのも辛いし、タクシー代はかかるし、タクシーの中でもビニール袋に吐くしで、点滴しても効かず、帰りのタクシーの中でもまた吐く始末。なので、たった3日で通院をギブアップ。
先生には入院をお願いしましたが、「つわりはそのうち治るから」と、入院させてもらえず、納得できずにフラフラしながら別の産婦人科に行きました。 そちらでは、尿検査でケトン体が3+で、「すぐ入院していいですよ。」と言っていただきました。 そして6週から入院になりました。 入院したら点滴は24時間になりましたが、効きません。 点滴しながら毎日吐きます。 食事は全く受け付けないため、絶食になりました。 入院して2週間が経ったころに、やっと少しだけゼリーを食べられるようになりました。しかし、2週間も点滴を続け、吐くばかりの生活になっていた私は精神的におかしくなっていました。 エコーで赤ちゃんを見せてもらっても、せっかく元気に育ってるのに、「ふーん」としか思ってませんでした。
そして、病棟師長さんに、「中絶したい」と言ったのです。 しかし、入院していた病院では中絶手術をしていませんでした。 師長さんは、「退院の日はあなたが決めていいから。先生から「退院しなさい」とは言ってこないから。ここで乗り越えませんか?」と言ってくださいました。 シャワーにも行けませんでしたが、洗髪台があったので、看護師さんが洗髪だけしてくれました。 夜中に吐き気で眠れなかった時も看護師さんが慰めてくれました。
入院して1か月がたった頃、初めて外出をしました。 その後、さらに1か月半ほど入院し、結局は2か月半の入院になりました。 退院の1週間前は、隣のベッドに切迫早産の人が入院してこられました。
その人はとても親切な人で、毎日のように私に声をかけてきてくださり、「ごめんなさい。食事の匂いが辛くないですか?」と食事中も気を使ってくださったり、「何か食べれますか?お見舞いでもらったお菓子とかあるので、食べてください。」と私のベッドまでわざわざ持ってきてくださいました。その人は、つわりはなかったそうです。つわりを経験されなかった人が、私を気遣ってくださることも本当にありがたく、今でも、「あの人は切迫だったけど、無事に出産できたかな?」と思います。
結局、私は、6週から入院し、退院したのは16週の時でした。 しかも、そこからもつわりはなかなか治らず、家で過ごしていましたが、22週頃にやっと治りました。 今思えば、病院や旦那や隣のベッドの患者さんにまで支えてもらいながら乗り越えた、つわり生活でした。 こんな私も、最後は安産でした。 一度は中絶まで考えた我が子は、たった6時間で出てきてくれました。 そして、来月は一歳になります。 可愛いです。
あの時、入院していた病院が中絶をする病院だったら実行していたかもしれないくらい本気で思い詰めてましたが、中絶しない病院でいろんな人たちに支えてもらって、我が子の一歳を無事に迎えられると感謝しています。 今、つわりで苦しむ皆さまへ。 つわりは気持ちの問題では治りません。いつ治るのかも分かりません。家族や病院や、頼れる人に頼って、助けを求めながら過ごしてください。 先のことなど考えられないほど苦しんでいる皆さまも、元気な赤ちゃんを抱いて笑える日が来ることを心から願っています。
つわりで一ヶ月以上入院して五キロ痩せました。妊娠発覚前から体調が悪くなんとか仕事に行っていましたが12wでダウン、里帰りしてそのまま入院になりました。18w位までつわりありました。吐きつわりと頭痛です。 つわり中、こちらのサイトよくみてました。
ネットや妊娠本は嘘だらけで主治医の先生の話を簡単に書きたいと思います。つわりに苦しんでいる方の情報になれば。 まず、つわりの時は吐いても食べろは嘘です。消化にエネルギーを使ってしまうそうです。入院中、絶食でしたが早めに食事を開始したら体が受け付けず悪化しました。吐かなくなるまでは点滴だけで食べない方がいいそうです。つわりが終わるまで入院。 つわりの目安の尿にケトンが出ているかどうかは私は一度も出なかったのでまだ大丈夫と安心してました。が、元々痩せている人はかなり悪化しないと出ないそうです。ケトンが出なくても体重が減ったら受診して下さい。
つわりの入院は一週間位の病院もあるみたいですが、完全におさまるまで日数を稼ぐしかないようです。長期戦になります。私も産むまでつわりといわれました。12w、15w.20wが区切りで、20wで収まらないと産むまでらしいです。産むまで入院なら死にたい、おろしたいと何度も思いました。うつ病みたいになり安定剤を打たれたりもしました。ほんと元気な妊婦生活が羨ましかったです。
今37wまできました。産後も不安だらけですが、よくここまできたなーと思います。つわり真っ最中の方、1日1日がしんどいの痛いほどわかります。無理せずに過ごして下さい。
今、子供は1年生と3歳です。 悪阻は1人目のときは、水を飲んでも吐くという状態になり、トイレ横の廊下に毛布を引っ張ってくたばっている状態でした。 出張がちの主人に加え、両実家が遠いため、ふらふら生きていました。 某妊婦雑誌の、重症悪阻の基準…体重5キロ以上減には満たなかったので、 ひたすら耐えていたら検診の際にケトン4+で即入院。 1ヶ月、同室のどの妊婦よりもひどい吐きづわりでした。回復しないまま、諦めて、飛行機で実家に帰省。実家で食べては吐きながら通院点滴を3か月続けました。吐く頻度が多少減ったのと、いい加減自分の家に戻りたくなり、吐きながら飛行機で自宅へ。その後半月だけ吐かない時期を経て、毎日吐きながら出産を迎えました。35週の早産でさらに入院して苦しみながら、1800グラムの小さいけれど元気な男の子を出産しました。つわりは分娩直後まで続きました。
2人目は、もうこれ以上つらい悪阻はないだろうからと楽観的にかまえて妊娠。妊娠直後、つわりに備えて大量の料理をし冷凍。ありました。ひどすぎる悪阻が。冷凍した冷凍庫にすら近づけないくらいの吐き気。しかも上の子3歳。夫は出張で不在。ふらふらしているわたしを見かねてお隣さんが子供を引き取り夕飯や歯磨きをして下さったりしました。今度は8週で突然ケトン4+。3回ほどの点滴を経て、子連れで飛行機に乗り実家へ。その間吐き続けました。数分おきに。あまりに吐くのが数分おきで止まらないため、怖くなり一晩も寝ずに救急で実家近くの大きい病院に入院。もう歩くこともできず、担架で運ばれました。尿検査のため、10歩ほど歩くので精一杯。即点滴でしたが、その晩から動悸が激しく呼吸困難に。しかし、産婦人科医師はあまりわかってくれず、ただただ耐えました。吐き気止めをマックスに入れ点滴も続けましたが、胃液や血を吐き続けました。寝返りすらできないくらい苦しく同じ体勢で、数日間すごしました。お見舞いに来てくれても目をあけるのが精一杯で可愛い3歳の我が子すら連れて来てほしくないほどでした。約3日ほどたち、吐き続けはするものの、多少の食事を受け付ける時期が一週間ほどありました。同じ病室の人と話をすることもありました。が、牛乳を飲んだのを機に再度ものすごく悪化。その後は一粒でも何かを口にすると15回くらい吐いて排出するくらいのひどさになりました。もちろん昼夜問わずの嘔吐。衰弱がひどく、トイレのドアノブや蛇口さえ重く感じました。病室の目の前のトイレまで行くだけで息切れ。シャワーもできず、10日に1度くらい洗髪をしてもらうと、それだけで息切れ、震えがあるくらいでした。点滴もモレがひどくなりウトウトしている間に手がパンパンになったり、血管も細くなり、新しい点滴もなかなか入らず挿し直し挿し直しが続きました。
このころになると精神的に参ってきました。飲めず食えずなのに、30分に2度くらいで昼夜問わず吐き続け。睡眠不足でした。 赤ちゃんのエコー写真、飾っていましたが、ふーん、程度でなんの支えにもなりませんでした。順調で新たな心配が増えない、程度です。それほど、自分以外のことを考える余裕がありませんでした。辛くて辛くて涙がぽろぽろ流れました。自分が牢屋にいるような気持ちになりました。ただ、ただ、生きているだけという状態でした。栄養がとれず、中心動脈栄養をカテーテルでいれる手術がなされました。
なんでこんな危険なことわたしだけやらなきゃいけないんだろうと情けなかったです。 唯一気晴らしはネットで過去のドラマを何話分も見続けることでした。これも、気分が悪いとテレビも無理なので、よほど気分がよいときに。見ながらも吐きましたが一瞬だけでも現実逃避ができました。IVHになって20日後くらいに、病室にいることももう耐えられなくなり、外泊願いで実家に帰りました。カテーテルは半分入れたままで。吐き続けましたが、そこから徐々によくなり、2度目のつわりは20週をすぎてから収束していきました。それと前後して精神不安定になり1ヶ月ほど不眠に悩まされました。壮絶でしたが、1人目と違い、2人目の悪阻には念願の終わりがありました。 ただ、衰弱が激しく車椅子になっていたため、体力回復のリハビリにもさらに2ヶ月ほど費やしましたが。
2人目は38週でこれまた小さめの2100グラムの元気な赤ちゃんでした。 断言できるのは、つわりは気がまぎれることで、どうにかなる類のものではありません。それは軽い人の話です。重い人には当てはまりません。
お腹の赤ちゃんを、可愛く思うかどうかもつわりの重さと関係ありません。また、吐き気止めの効果も重い場合はゼロです。注入したそばから吐き続けます。 ただただ、耐え、時が流れるのを待つだけです。入院という家族からの隔離状態で水も食料も睡眠も許されず、苦しい激しい嘔吐が絶えず続くわけですから、精神がやられます。周りの人ができることは、弱音を聞き、精神的な支えになることだと思います。病状に関心を示して共感してくれるだけで心が満たされました。
妊婦の方に関して言えば、辛いつわりを乗り越えれば、出産の痛みなんて痛いけるど大したことありません。終わりが見えているからです。なんでもあの悪阻の苦しみに比べればと思うと乗り越えられます。また、衰弱した人の気持ちが理解できるようになりました。 子供達は、元気で1歳までには成長も標準に達し、今では上の子はクラスでも後ろから3番目。知的好奇心の非常に強い賢い子です。2人目も上と仲良く元気いっぱい。つわりを耐えた甲斐がありました。
喉元すぎれば…で最近3人目が欲しくてたまりませんが、命を落とすと2人の子供達と主人が大変なことになるため、2人でおしまいです。残念です。 いま、頑張っている方。 辛いでしょう。きついでしょう。1日すぎたら、よくがんばった!と自分に言い聞かせてください。妊娠が合う合わないなので、頑張りによってどうかなるものではありません。自宅にいると母子ともに危険な場合もあります。点滴を利用して命だけは守ってくださいね。先が見えないことが一番辛いですよね。 でも未来には、きっと元気な子と対面できて報われます。おいしいものも、ごくごく飲めてパクパク食べれます。そして子供が成長する間もいろいろありますが幸せな日が待ってますよ。1日1日の積み重ねで終わりがきますからね!!
35歳にして初めての妊娠。 喜びも束の間、5週目から吐きづわりが始まりました。 10日間全く食べられず、飲めない日々があり、 現在は妊娠悪阻で入院になりました。 今は7週目に入りました。 毎日点滴4本していますが、吐き気はあり 絶食しています。 はやく良くなりたいです。
つわりが始まったのは5週のころ、検査薬で陽性が出たので産婦人科を受診しようと思っていた前日に始めて嘔吐。 そこから7週ごろまでは、吐き気、食欲不振、眠気、ダルさなどがありながらも口にできるものを少し食べれていました。 しかし8週になるころには、食べれないどころか水も飲めない、喉は渇いているのに気持ちわるすぎて飲めない、胃にはなにも入ってないはずなのに吐きまくるを繰り返し、胃液、胆汁、血、とにかく吐きまくりました。 外来で点滴をしていましたが点滴してる途中も点滴の匂いがダメで嘔吐、テレビも携帯も吐き気がして触れない、電気の光、大きな音、寝返り、とにかく色んな物や動作すべてに吐き気がして嘔吐する生活。ピーク時は瞬きと呼吸しかしていない、まさに廃人のようになってました。体重は8キロ減、1ヶ月半ほど入院していました。
いまわたしは27週で、唾液悪阻、痰悪阻があり、1週間に1回ほど嘔吐しますが、23週を超えたあたりからようやく色んなものが食べれるようになりました。しかし体重は妊娠前より3キロ減です。 つわりは想像よりはるかに辛くて精神的にやられました。7ヶ月を超えた今胎動も激しくなり、やっと心から妊娠を嬉しく思えるようになりました。悪阻本当にキツかったけど、その分、赤ちゃんを大事に思う気持ちが大きくなったようなきがします。キツかった時期、ここを見てたくさん励まされました。想像と違いすぎるマタニティライフですがきっと乗り越えられます!みなさん、元気な赤ちゃんを産みましょう!!!
5週頃から始まり、14週に入った今、まだ気持ち悪いものの、吐き気はなくなって、徐々に食べられるものも増えてきました。少し良くなったかな?と思ったらぶり返すの繰り返しだったのですが、今は本当に収束に向かっている気がします。
これまで経験した3回のつわりが3回とも、つわりが始まって数日後にはほとんどの飲食受け付けず1日数回嘔吐→点滴通院→入院という経過をたどっていました。今回4回目にして初めて、点滴なしでどうにか乗り越えられたのです。とはいっても軽かったとは言えませんが、、、。
症状は吐き気、嘔吐(1日3回前後ですが)、胃痛、ひどい悪寒、唾液の増加(特に夕方から夜間)、眠気です。立って何かしようとするとすぐに息が苦しくなってきて、家のことも殆ど何もできませんでした。とても眠くなるのですが、横になっても寒気と吐き気でなかなか寝付けませんでした。
私なりの対処法ですが、妊娠が早めに判ったので、体重減少を見越してつわりが始まる前はなるべく高カロリーのものを食べました。漢方薬をあらかじめ処方してもらい、ひどくなるまえに飲み始めました(ひどくなってからでは受け付けないので)。
とにかく点滴を避けたかったので、食べるより水分補給を心がけました。飲めるものは、ただの炭酸水→ココア・ミロ→牛乳・飲むヨーグルト・ポンジュース、と変化しました。(何も飲みたくない時期もありましたが、海洋深層水で小さめの氷を作ってちょっとずつでも口に入れるようにしました)少しでも食べられそうかなと思ったものは夫に買ってきてもらって試しました。
それと、これは家族の協力なしにはできないことでしたが、無理をせず家事は休ませてもらいました、、、。一番は夫の協力、育児サポートや家事援助も利用しました。子供たちもよく頑張ってくれました。
やっぱりどうしても辛くてグチってしまう時もありましたが、本当に今は支えてくれたすべての人に感謝したい気持ちです。
本当の回復まで後一歩、頑張りたいと思います。
私は妊娠がわかる前の4週目から激しい吐きつわりが始まりました。
寝ても覚めても吐くばかりで、固形物は勿論のこと水分も一切受けつけなくなり、身体は衰弱しきってトイレに駆け込むのもやっと…身体は骨と皮だけ状態になりました。
つわりが始まってから1ヵ月後には体重が8キロも減り、ついに12週頃から約2ヵ月間入院しました。
毎日24時間の点滴のみで食事が出来る様に回復する兆しもありませんでした。
血管が細くなってしまった為点滴もすぐに漏れてしまうようになり、首を切開してカテーテルでの点滴に変更、退院するまで首からチューブがぶら下がりっぱなしの生活でした。
あまりにも回復しなかったので色んな病気も疑われ、胃カメラや血液検査などもしましたが、やはり特別心配する病気ではなく重度の妊娠悪阻との診断でした。
不妊治療を経て待ち望んでいた妊娠でしたが、辛くて辛くて仕方なく、正直考えてはいけない事を考えてしまった時もありました。
退院してからもひどい吐きつわりが続き、結局陣痛が来るまでつわりに苦しみました。
つわりがひどいとお産は楽だよ!なんてよく言われたものですが、10分間隔の陣痛になってから出産するまでなんと32時間!1分間隔になってから7時間の陣痛に耐え、子宮口が全開大になるのを待たずにやっと出産しました。
不思議でした!その瞬間、つわりが一気になくなったんです。
子供の誕生がうれしいのは勿論のこと、つわりから解放された喜びでいっぱいでした。
何事も最後までやり遂げたことの無い私が、初めてやり遂げた大仕事となり、その時の子供は今5歳!
辛く苦しかった分、可愛さは半端じゃありませんよ。
勿論その後に兄弟が増える事はありません。笑
今つわりで苦しい思いをされているみなさん、その苦しさは経験した人にしか理解されず辛いことが多いですが、私はその苦しさをよ~く知っています。
とにかく耐えて耐えて耐え抜いて下さい。
その苦しさが、後の子育ての大きな自信となること間違い無しです!
このサイトで体験談を読ませてもらいながら、なんとかつわりを乗り越えてきました。
わたしの場合は妊娠がわかってすぐ、気分が悪いなぁ~、から始まり。
ときどき吐くようになったなぁと思ったら、7週目になるかならないかのある日、朝から晩まで吐き続けたその日から、一ヶ月半!そんな状態が続きました。涙
言葉のとおり吐き続ける、一時間に数回。水を飲んでも吐く、食べてなくても吐く、お腹はからっぽで、にがい胆汁?茶色、しまいには緑の液体、吐きすぎで食道が荒れあれまくったせいか、吐くたび血が出るのも当たり前になってました。
産むのは痛い、辛いと聞いてはいましたが、 つわりがこんなにキツイなんて!誰も教えてくれなかった!!
ほんとうに、大袈裟でなく、死ぬかと思いました。
命を授かって、死の恐怖を感じる、、 もう嫌だ!妊娠やめにしたい!!と、何度も何度も思いました。
辛くてつらくて、吐いてるか、泣いてるかの毎日。
最初の一週間で5キロ落ち、 脱水と栄養補給のため、毎日点滴。二キロの点滴は長いし、点滴しながらも吐く、待ち時間も吐く、病院からの行き帰りも吐く、
ほんとうに、一生分吐いたと思います。
入院もしました。 ただ、通院の辛さがないだけで、できることは点滴。
結局どこにいても食べられない、吐き続ける辛さは変わりませんでした。
たまに食べられる時があっても、食べたあとの気持ち悪さ、吐くしんどさ、
物を口にするのが怖くなったのも、産まれて初めての経験でした。
ごはんが食べられるって、 ごはんがおいしく感じられるのって、 ほんとうに、しあわせなことなんですね。一ヶ月半経った頃、吐く回数が減ったり、吐かない日があったり!
奇跡のように感じていました。
このまま良くなるかな、と期待してたらまたものすごく吐く日もあったり、
毎日毎日カレンダーと、ここの体験談と自分を重ねて、一日一日を耐えていました。
ほんとうに、つらかった!!!
吐き続けだして、もうすぐ二ヶ月が経過します。
もうすぐ妊娠五ヶ月に入ろうとしている今、ここ一週間まったく 吐かなくなっていて、何よりおいしく食べられるようになりました。
完全に復活! とまでは言えないですが、 やっと日常生活が送れそうな感じです。
ほんとうに、死んだほうがましだっ!っていうくらい、壮絶な毎日で、
一日一日が長く苦しかったけど、 ここの体験談にみなさんが書いてくださってたように、
ほんとうに、いつか、おわる!!
完璧に、 じゃなくても、 あの恐ろしい毎日は、終わる!
生きた心地がしてくる日が必ず来ます!
いま、辛い辛いピークを、迎えている人は、信じられない、想像もつかない気分だと思います。
泣いて泣いて泣きまくる毎日の中にも、 いつか終わるその日を信じてがんばってください!
わたしもまだなんでも食べられるわけではなかったり、 ときどき気持ち悪かったり、 しんどいですが、
あの壮絶な日々に、くらべたら!
つわりで強くならされるのかな? と思ってます。
一日でもはやく、みなさんのつわりが楽になりますように!!
お祈りしています。
去年の今頃。思い出すだけで、しんどくなる重症妊娠悪阻になりました。合計2週間、入院し、体重10キロ減りました。
なんとなく2人目は軽いのかな、なんて期待は一瞬で消えました。6週になると、もう毎日吐いて吐いて吐いて。1日10回は切りません!
1人目も吐いてましたが、体重は4キロ減。入院もしなく、吐きながらも仕事していました。1人目でつわりが重い方だと思っていましたが、いやいや2人目のほうが断然辛い。つわりが重いから2人目を年齢離した。5歳差。お姉ちゃんがある程度、なんでも自分でできる年齢まで待った。それは本当に大正解で、もしお姉ちゃんがまだオムツとかしていたら、確実に、もう命なかった。
入院し、点滴24時間でも全く吐き気はなくならず。本当に寝ていて意識ないときだけしか楽なときなんてない。目覚めた瞬間から吐いて吐いて。
こんなんなら、赤ちゃんいらない!なんてバカな考えに至る。あり得ないのは分かっている、でももう食べないと思考もおかしくなるんだと実感です。
旦那が、寝たきりの私を一度も責めなかった。優しくしてくれた。家事すべてしてくれた。上の子も、ママ大丈夫?と、心配し、寝たきりの私の横で静かに1人遊びばかり。ごめんね、と胸が痛くて。家族みんな頑張ってる。だから赤ちゃんも頑張って大きくなってね、とそう思い時間がたつのを、ひたすら寝て待つ。
吐く回数が減りだしたのは13週くらいから。やっとゴールと指折り安定期を待った。通常生活は17週からできるようになりました。仕事も2ヶ月以上休んで迷惑かけました。
つわりが重い人は、出産なんて楽勝です。1日で終わります。つらさなんて忘れます。でも悪阻の辛さは忘れません。心身ボロボロです。思い出すだけでキモチワルイ。出産ならあと何回でも頑張れるけど、悪阻はもう無理です。悪阻さえなければ3人目産むけど、この体質は変わらないでしょうし、諦めています。
苦しかったけど、必ず悪阻は終わります、頑張れ!
いま、あの悪阻で戦った次女は、ニコニコ笑顔で寝返りコロン!キャキャ言ってます!あなたの赤ちゃんも、きっと来年のいまごろ、ニコニコ笑ってママをみてますよ!